PM6時に摘む花3
暑いほどの夕焼けと鼻をつく消毒の匂いに起こされ、目を開けると、そこは病院だった。 驚きはしない。一瞬起きたとき、祐季といつもの先生が病院だの救急車だの言ってたので、きっとそれだ。
こうしてここに寝かされてるってェことは、入院か。 身体を起こそうにも左腕に点滴が刺さってて動けない。
首が疲れたので向きを変えると、あ、と声を上げる女がいた。
「オメェ、仕事は」 「沖田さん、具合どうですか?食欲は?看護師さんが食べたいようならってリンゴが冷蔵庫の中にあるんですよ、要りますか?」 「……食う」 「そうですか、ならちょっと待ってて下さい、すぐおろすんで」 「オイ、仕事はって聞いてんでィ」 「仕事中ですよ。自分とこの税金泥棒隊長の面倒を見るっていう」
変わらずの憎まれ口だが、果物ナイフで不器用に林檎を剥く手元を見て言い返すのをやめる。にしても危うい手つきだ。
「おい、そんな握ったら林檎温くなるだろィ」 「あ!?あー、なら後で一回冷蔵庫の中に戻すんで」 「水分抜けるだろーが」 「はいはい気をつけますって。まぁそんだけ言えるほど元気になったようで何よりですよ」 「っ」
珍しいことを言うもので、思わず祐季の顔を凝視してしまう。 何でェこいつ、むしろトドメさすとか抜かす女だろィ。何か企んでやがんのか?
「っと。ああ、一回冷蔵庫入れますね」 「いや…どうせ変わんねェだろ」 「そうですか。じゃ、はい」
物凄く自然に摩り下ろしたリンゴをスプーンで掬って俺の方へ寄せるので、いよいよ俺は祐季がトチ狂ったのかと思った。 こんなこと、100万積まれてもやらねェような女なのに。…いや、100万ならやるか。 まさか毒でも入ってんじゃねェよな?
「沖田さん、ほら」
早く、と全く恥じらう様子もなく急かす祐季。 それは鯉にエサをやるのと同じ表情で、屈辱とも至福とも思っていないのが分かる。
…反応してんのは俺だけじゃねェか。 患っているからか、なんだか祐季に負けている気がする。
「…ん」
ぱくり、と口に含むと、思ったよりひんやりした感触が舌を転がった。 正直食欲はなかったが、それでも食感を楽しめ満足する。 2、3口同じように食べると、もういーや、と断った。
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