35それからのことは
俺達は元々、その事件のことを『神隠し事件』と呼んでいた。 なんでも、人を消すらしい。
噂が最初に耳に入ったのは、突入する1週間ほど前だった。 その後被害者の家族から依頼があり、本格的に調べ始めた。 結果、わかったことは、
「死にたい」 「現実から逃れたい」 「別の世界へ行きたい」
被害者とされるのは、元よりそう公言するような人間ばかりで、また、そういう人間には身寄りも無い場合が多く、だからあまり大きい事件とはなっていなかったこと。
そういう人間を集めるサイトがあり、そこの管理人と会うことで「神隠し」にあえるということ。 被害者は圧倒的に女が多いこと。 また、そのサイトはアクセス方法がハッキリと分からず、つまりは肝心な事は何一つ分からなかった。
しかし、そんな中。 突然祐季が、そのサイトを発見した、と言った。 経緯を聞くと、どうも現実から逃れたいと思ったことのある人間だけが辿り着けるようになっているらしい。
…祐季には、家族がいない。 記憶の無い頃に母親を亡くし、それから父親と二人暮しだったが、…長いこと父親から暴力を受けていたらしい。 その果てに父親をのし、家を飛び出し、公園で偶然、俺と出会った。 髪は乱雑に切り裂かれ、顔や手足は腫れ、一目見るだけで事情は把握出来た。だから俺は道場に連れ帰った。
まぁその後祐季の正当防衛は認められてお咎め無し、父親の元に帰ることなど出来るはずもなく、祐季は道場に引き取られた。 そのまま今に至る。
そういう経緯で、祐季は一度ならず現実からの脱却を願ったって訳だ。 今は思わないけど、と苦笑いしながら。
そして俺たちはそのサイトの管理人とコンタクトを取り、約束をこぎつけた。 『囮捜査』をするしか、他に方法は無かった。
まさか本当に人間を消せるはずがない。天人にも限界がある。 腕が立てば時間稼ぎくらいは出来るだろう。その間に待機してる俺たちが一斉にかかり、ひっ捉える。 大体はそんな作戦だった。 囮役は祐季になった。 銃も体術も文句無し。その上女であることが最大の理由だった。
しかし――
待ち合わせ場所に着き、俺達も待機が完了するや否や、そいつは現れ、祐季と一言二言話したと思うと……跡形もなく消えてしまった。 声を上げる間もなく。 祐季も天人も。
俺達はごくごく普通に、失敗した。
「それからのことはまぁ、いいだろ。大体こんな感じだったな」
…この話は、私が真選組に保護された日、聞かされたものと大まかには同じだった。 …でも、祐季さんに家族がいないのは、知らなかった。
少し考えさせられる。 土方さんは短くなった煙草を揉み消し、またもう一本火をつけた。今日はペースが早い。
「今回は、山崎が見つけた」 「え」
ということは、山崎さんも何かあって…? 山崎さんを振り返ると、
「副長に言われて、ここ最近とあるカップルの密着捜査をしてたんだ」 「山崎は期待通り自分の現実に絶望してくれたぞ。流石だな」 「あんまり嬉しくないですけど…。まぁ、見つかったんで良かったです」 「その代償としてずっとギラギラしてたんだが…、ついさっき何らかの刺激を受けたらしく両目と鼻から血を流して元に戻った」 「ん゛っ」
あれ、それってもしかしてだけどタイミング的に私じゃね? 実は混乱して目潰ししてしまったことに罪悪感を感じていたんだけれど結果オーライってやつだね!
「…で、今回の作戦だが」
ふう、と息をつき、土方さんが言う。
「とにかく向こうの情報が少なすぎる。加えてこっちは祐季を取られてる。これ以上犠牲は出さない、…と言いたいところだが、他に方法もねェ。今回も囮だ」 「え」
前回見事に失敗した囮作戦。 山崎さんが目を瞬かせ、焦ったように言う。
「ちょ、待って下さい!ろくに対策を練らないままにまた囮作戦をするんですか?大体、今回の囮は一体誰が…」 「囮は俺だ」 「は!?」
驚く私達に構わず、土方さんはそう言い放ち目を閉じた。 まるで異論は聞かない、とでも示すように。 近藤さんも驚いているから、恐らく土方さんの独断だ。 …嘘、でしょ。 土方さんがもし消えたら、どうすんだよ。
「土方さん」 「何だ祐季」 「囮は私がします」 「実力不足だ」 「土方さんこの間十分だって言ってくれましたよね」 「素人巻き込む訳にゃいかねェだろ」 「私だって真選組です」 「そりゃ祐季の話だ」 「代わりに祐季さんが戻って来るってなったらどうするんです?」 「祐季から情報聞き出せ。最悪の場合自力で帰って来てやらァ」 「おい土方のアホんだら。それ以上言ったら上司でも撃つぞ」 「祐季ちゃん…!」
怒りで頬がひくついてきた。 あんなァ、鬼の副長がいなくなって真選組誰が背負ってくんだっつーの。 んな重いモン私にゃ無理に決まってんだろーが。
大体ね。 ここはアンタ達の世界で、私の世界じゃないんだから。 肩で息をして落ち着かせる。 前に座る山崎さんが、銃が差さっている右足にかけた私の手を収めた。
「…トシ」
近藤さんが諭すように土方さんの名前を呼ぶ。 土方さんは暫く黙っていた。
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