PM3時の白昼夢4
「それと。一応、内密に総悟を見張りにつける。ちょうど指摘もあったことだしな」
帰り際そんなようなことを言われた気がする。 そうか、土方さんのことだけじゃなくて、隊長のことまで文句付けられてるのか。
はっきりと土方さんにあれだけ言われて、頭では理解出来れど、流石に落ちた。 受け取って貰えなかった土産がやけに重く感じる。ああどうしよう、これ、もう要らないや。
必要ない。 何気ない気遣いや声掛けも、全部禁じられてしまった。
土方さんは、私が土方さんをからかってると、そう思ってたのか。 全然、全然、届いてなかった。
……違う。私が落ち込んでいるのは、そうじゃなくて――
「――わっかりやすく灰になってら」
う、わ……。 降ってきた声の主など、見なくても分かる。 よりによって、今。
「……アンタの顔だけは、今一番見たくない。頼むから何も言わずに帰って」
喧嘩する元気も気力も無い。 口ぶりから話も通っているようだし、お願いだから今日だけは放っておいて欲しかった。
けれどそういかないのが、この男である。
「今声掛けねェでいつ声掛けるんでさァ」 「……勘弁して」 「こうなる可能性なんざ、当然予想してた筈だろ」 「そんなの当たり前でしょ!」
つい声を荒らげてしまった。ハッとして口元に手を当てる。 八つ当たりだ、だから話したく無かったのに。
ここぞとばかりに正論をぶちかましてくるだろうと身構えると、しかし沖田隊長はニヤリと笑った。 想定外の反応に、言葉が詰まる。
「どーせテメェのことだ、あの野郎に言われっ放しで引き下がって来たんだろィ。ツラ貸しな、付き合ってやる」 「え?」
返事も待たず、強引に腕を引っ張られ沖田さんの自室へと連行された。 いや、まさかとは思うけど、話聞いてくれるってこと?あの隊長が? 座布団も無い位置で座らされ、茶も前置きも無いまま、顎で話を急かされる。
ここまでくると逆に吹っ切れてきた。 いいや、分かんないけど、沖田さんならどう思われてもいいし。
「…分かってた、そんなの勿論だ。言ってることも、分かる。言われっ放しじゃなくて、返す言葉も無いってこと」 「なんでェ、自己嫌悪かよ」 「そりゃそうだよ。土方さんのことは本気で尊敬してるし」 「結局テメーはアイツが好きなんでェ?」
少し、考えた。 土方さんが好き。傍に居たい。それは本心のようで、けれどはっきりと口に出すことは出来ず、喉に詰まる。
それは、気付いてしまった証に他ならなかった。
「……どうだろう。もう、分かんないや。始まりは恋だったきがするんだけどな」
沖田さんは私を詰ったり責めたりはしなかった。慰めることもない。それが私には優しくて、心を紡ぐ度、不思議と心が落ち着いた。 考えてみれば初めてかも知れない。こんな風に隊長と話すのは。
そしてその事実を、ゆっくりと吐き出す。
「―私はいつからか、土方さんを慕うことで自分を定着させてたのかもしれない」 「定着?」
覚悟を持って入隊したつもりだ。 どんな組織か分かった上でのことだった。
だけど、幾度となくある命の取り合いの中で、弱い私は土方さんを指針や希望にしていたのかも知れない。
絶対に死なない、強い土方さんを慕うことで、心の拠り所として安心にしがみついていた。
この人は死なない。だから私の道は間違ってない。私も死なない。私は間違ってない。 そうやって自分の正義を拵えた。
「……土方さんは分かってたのかな。私が腹積もりを持って縋っていたこと」
呟くように言うと、沖田さんは吐き捨てるように笑って言った。
「馬鹿言え、あの野郎がそんな繊細なわきゃねーだろ」 「……そっか」 「つーか、そもそも絶対に死なないのは近藤さんじゃねェか」 「いやゴメン私にゴリラを愛する能力は備わってないから」 「マヨ野郎を慕う能力なんてのも相当稀有なモンでさァ」 「かっこいいよ、土方さんは」
盲目な魔法が解けても、やっぱり土方さんは正しいと思える。 私をきちんと切り取ることの出来る土方さんは、鬼の副長の名に恥じない冷静な目を持つ先導者だ。
「話せてすっきりした。ありがとう」
真っ直ぐに礼を言うと、思った通り沖田さんは気持ち悪ィと顔を顰めた。 普段の憎まれ口と、恩義を忘れないことは別だ。 私の信条であり、教わったこと。
「明日っからやる事ねぇなァお前」 「そーですね。まあ減りますけどアンタの仕事は一切やりませんよ」 「ああ?元からオメェの仕事だろ」 「はあ?全く筋の通ってない仕事の押し付け辞めてくれる?」 「上司には死んでも背くなってェ局中法度を知らねーんでさァ?士道不覚悟で切腹だな」 「そんな傲慢法度なんか無ぇよ!」
ったくこの人は、ちょっと私が沈んでるからってすぐ調子に乗りやがって。 さっさと切り替えてしまおう。お礼は言ったし、もうしおらしくする理由も無い。
でも少しだけ。助かったよ、沖田さん。 ありがとう。
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