PM3時の白昼夢3
「あ?祐季か。ちょうど呼ぶとこだった」 「え?そうなんですか?何かありました?」
名乗る前に襖が開き、顔を出した土方さんは驚いた様子だった。 招かれるまま部屋に入り、一先ず土産を差し出す。
「あのこれ、今日見廻りのとき見つけて。試食凄く美味しかったんで、お土産です。よければ召し上がって下さい」
なんて事無いただのお土産で、深い意味も特別でも何でもない。ただ少しでも喜んでもらえたらなぁなんてそれだけで、だけど、
「……悪い」
土方さんはそれを受け取らなかった。 触ろうとも、あまり見ようともしない。
「えっ……?」
遠慮こそあったものの、受け取られないことなんて今迄一度も無かった。僅かに顔を伏せる土方さんの姿に、妙な焦りが募る。
どうして?どういうこと?なんで? なんで、謝るの?
じとりと、背中に嫌な汗が伝った。
「お前への用事は正にそれだ。お前、もう俺に構うな」
…………は……?
何を言われたのか、本当に分からなかった。 カッとお腹の底が熱くなって、頭がクラクラして、まともな判断が出来ない。
そんな私に構うことなく、土方さんは更に口を開く。
「俺も悪ィが、こうなることも簡単に考えられた筈だ。なるべくしてなった。曖昧にするのはここまでだ」 「ひ、土方さ、あ、の……、一体なにを……?」 「封書が届いた。中身を見てみろ」
渡された数枚の封書を、既に震えた手で受け取る。
なに、何の話をしているの?迷惑だったってこと?なるべくしてって、何が?
分からないまま封書を解くと、真っ先に『近付くな』という文字が飛び込んできた。
……え。なに、これ。
『土方様に近付くな』 『ビッチ』 『沖田さんへの態度を改めろ』 『勘違いするな』 『思い上がった行動を自覚しろ』
要約すると、そういうことで。 正しくこれは私への攻撃に他ならなかった。
土方さんを慕う素振りをする私を、敵視する人間がいる。 正直な話、それ自体は何だって良かった。 全ての人に好かれているとは思っていないし、男の中で女ひとりとあればそういった話が出るのも分からなくはない。
なるべくしてなった。曖昧にするのもここまでだ。
ようやくその意味が分かった。
「……念の為申し上げますと」 「なんだ」 「こういった事を言われる、それ自体は平気です。誤解もありますけど正すつもりもないです。私がつらいのは」
土方さんの傍に居られなくなること。 そう続けると、土方さんは一つ、浅い溜息をついた。
「そういう問題じゃねェ。分かってるだろ」 「…………」 「こいつは女中が見つけて、すぐ近藤さんに相談したらしい。からこの話はまだ屯所内で広まっちゃいねえ。それから、一通消印が無いのがある」
消印が無い。それはつまり郵便局を通していないということで、直接屯所の郵便受けに投函したか、或いは内部の人間からの可能性がある、ということだ。
「渡してきた女中そいつかも知れねェし、内部に見せかけて疑心暗鬼にさせる思惑かも知れねェ。ただ俺と近藤さんで話した結果、差出人は突き止めないことにした。意味、分かるな」
手元から封書を回収され、自分が呆けていたことに気付く。 それから何故か、はは、と乾いた笑いが溢れた。
もうそれ以上何も言わないで欲しい。 分かる、分かったから、だからそれ以上は言葉にしないでくれ。 決定的に、今まで通りでは居られなくなってしまうじゃないか。
「何にせよお前が女である事実は変わらねえ。勿論、俺も悪い。悪いが、……そういうことだ。もう、止めろ」
嫌だ、嫌だ嫌だ、だって私は、土方さんの力になりたくてここにいるのに。
私が嫌がらせに耐えればいいだけのことだったら、もっと簡単だった。 封書で送るんじゃなくて私に直接手を下してくれれば、それを黙殺するだけで済んだのに。
疑心暗鬼が一番最悪だ。 不安要素を出す可能性があるなら、潰すに越したことは無い。
私が土方さんを慕うことで、どこかに歪みが走るなら、そんなのは止めろと、そういうことだ。
「お前ももう独り立ちできるだろ。俺なんざからかっちゃいねぇで、もっと他見ろ」
結局土方さんは私の気持ちすらまともに取り合わずに、この話を、私を切り離すつもりのようだった。
一気に全てを絶たれて、声も無い。 私は懇願することも、食い下がることも出来ず、ただただ呆けていた。
まるで悪い夢をやり過ごそうとしているかのように。
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