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"兄さんが父さんを殺したんだ"
...雪男
"いっそ死んでくれ"
...俺は...
...雪男
「待ってくれ...!」
は、は、と息を乱して燐は目を覚ました。
夢だと気付くのに、暫く時間がかかった。
まだ鼓動が速い...
雪男は帰ってこなかったようだ。
昨夜のままの雪男のベッドを横目で見ながら燐は舌打ちをした。
最近は見なくなったあの夢をみた。
親父の身体がサタンに乗っ取られる夢
そのサタンが自分に手招きをする
最後に雪男に銃を向けられ"死んでくれ"と叫ばれる
そんな夢ーー
「...はぁ」
着替えを済ませて、重い足取りで厨房まで行くと、昨夜冷凍しておいた弁当を取り出して鞄に詰めた。
雪男の分は冷凍庫に入ったままになっている。
(あのヤロー、弁当も持たないで...)
燐は一層深い溜息を吐いて学園へと向かった。
*****
祓魔塾ーーー
「それでは、授業を始めます」
キビキビとした態度で教室に入って教壇に立つ雪男はいつも通りの様子だった。
(...昨日何してやがったんだ...昼メシはどうしたんだ...つーか、熱はもういいのか...)
「...燐?」
ブツブツと呟いている燐にしえみが不思議そうに目を向ける。
慌ててなんでもないと笑って応える燐であったが、しえみはその笑顔がつくられたものだとわかって少し淋しそうにした。
「ーーでは、屍系の悪魔に受けた魔障の対処法として、主にアロエを使いますが....」
(なんだよあいつ)
いつも通りのいつもの笑顔
最近の様子といい、熱といい明らかに何か変だというのに。
(...涼しい顔しやがって)
周囲には悟られまいとする雪男の態度が燐には腹立たしく思えた。
今すぐ雪男に向かって問いただしたいという衝動に駆られたが、燐はぐっと我慢した。
以前それをやって雪男や他の塾生に迷惑をかけたのを思い出したのだ。
(...くそ、ごちゃごちゃ考えんのメンドくせえ!)
思い留まったのはいいが、落ち着かず脚はカタカタと揺れ出す始末。
当然、授業は耳に入らない
終鈴が鳴るとともに燐は、雪男の後ろ姿を追って廊下に飛び出した。
「おい!雪男!熱はもう、いいのかよ」
燐に腕を掴まれ、雪男はとっさにその腕を振り解こうとした
「...離して、兄さん」
「...お前さ、」
「離せって言ってるんだ!」
燐の声を遮って強く放たれたその声は廊下や教室内にまで響き渡った。
驚き、目を丸くした燐は思わず握っていた雪男の腕を離した。
雪男ははっとして、腕を摩りながら平静を取り戻そうとした。
教室にいた塾生たちが何事かとざわめき始める。
「...もう平気だよ。じゃ、僕は任務があるからもう行くね」
「おい、雪男...!」
振り返ることもせず雪男は燐に背を向けて歩いて行く。
燐の伸ばした手が行き場をなくし虚しく宙を舞った。
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