雪男が変だ

俺を避けてる

熱なんかでもなく、自分の成績のせいでもない
原因はもっと深いところにあるのだと燐は感じた。


いきなり自分を掴んだり、突き飛ばしたり、ものすごい剣幕で捲し立てたり...自分を避けたりーー


弟のあんな姿を今まで見たことがない。


いや、一度だけあった。
親父が死んだ時以来かーー

昨夜の夢のせいだろうか

拳銃を突き付け
"いっそ、死んでくれ"
と言い放った雪男の姿がぐるぐると頭の中で何度も再生される。


一部始終を聞いていた塾生たちは暗い表情で戻ってきた燐を見てしんと静まりかえった。


「なあ、奥村、何かあったんか?」

メンバーの中ので唯一、少し前から二人の様子に違和感を覚えていた勝呂が声をかけた。


「ああ...あいつ、最近ちょっとカリカリしてんだよ。たぶん、あれだ!カリウム不足だな!だはは」

「それ、カルシウムとちゃうん?」

「そか!それだ!」

燐は精一杯笑って見せたが、その表情は作り笑いだと一同はすぐにわかった。


「あのさ、今日の勉強会なんだけど、中止にしてくれねーか...課題はちゃんとやるからよ...」

勝呂はしゃーないなと呟きながら、燐に問題集を手渡すと燐は、
すまねえ!と言い残し足早に教室を出て行く。俯いて溜息を吐く燐を一同は見逃さなかった。


(なんやねん、アイツ。あない悩むんやったら相談ぐらいせえや...)


了承はしたものの、もどかしさが胸に残る勝呂は次第に苛立ち始めた。


「坊、なんか言いました?」

志磨が問いかけると勝呂は慌ててなんでもないわい!と言い放って教室を出ていった。


「坊までおかしなってますやん。」

志磨がお手上げですわと言って両手を振る

「坊はもどかしいんですよ、奥村くんも相談してくれたらええのに...」



******



陽が暮れて辺りが暗くなるころ、どんよりと厚い雲が空を覆っている。

燐は一雨きそうだと思いながら、少し開けた窓から空をみた。

待てど暮らせど雪男は帰って来ない。

燐は椅子に腰掛けると勝呂から預かった問題集を机に広げた。

早く帰って、雪男の為に夕食を作ったというのにーー


(呼び止めただけなのに、怒鳴らなくてもいいだろ...)

塾での出来事を思い出すと、昨夜みた夢の中の雪男の姿と重なってみえて燐は溜息を吐いた

(雪男は俺のことを憎んでいるのか...)

諍いなんて、今まで何度もしてきた。人に憎まれるのは慣れている
だが、弟だけはいつでも自分のことを気にかけてくれていた。
今はその弟までもが自分を避けている

(俺は...どうすればいい...)


気がつくと窓の外からは雨音が聞こえる。
降りしきる雨の音が心地よく響いて燐は机に頭を預けた。

(雪男のやつ...雨に濡れてなきゃいいんだけど...)







"こっちへ来い燐..."

声がする

薄暗い闇の中
幾つもの闇が重なってできたような巨大な門が口を開く

あれは虚無界へと続く道

"お前は、そこでは生きられない"

血塗れの顔で父が言う
ーいや、あれは、父ではない。
父の顔をした魔人サタンだ

(違う...俺は、人間...)

"なにが違うと言うのだ。お前は悪魔だ"

(...俺は、俺は...!)

ズブズブと身体が沈んでいく

"知らなかったのは、兄さんだけだ"

雪男が自分に背を向け遠ざかる

もがこうにも身体が動かない


(...雪男!...俺は...)






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