ペトロスさんは私の前に一冊の本を出して瞳を輝かせた。
表紙には下半人が尾の人間、人魚の絵が描かれていた。
中身を読まなくても内容はわかる。
ペラペラと紙とめくり、このうろこがきっと代わりになるはずです。と、さっきの表情とうってかわり真剣な表情になる。
本当にそれに代わるのかは横にさておき、うろこをいったいどうやって手に入れるのか疑間に思う。
竜のうろこみたいに巣に落ちているというわけではないだろうし、直接尾からひっぺがしてそれを持って帰るのか、物が物なので想像がつかない。
竜のうろこにはいささかおとるらしいが、性質的には文献を見るかぎりぴったりなのだという。
国外のものを持ちこむことになるので、外管の許可ももらわなくてはならないだろう。
「まれに海岸や砂浜に流れついていることがあるそうなんですよ」
私の疑問をくみとってか、本の項を開いてペトロスさんは言った。
人魚が住む海の国は、コックイル海域と呼ばれる位置にある。
その海にいちばん近く交流もあった場所といえばセレイナ王国だ。
海の国から直接持って帰ることはできなくとも、セレイナの海岸から打ち上げられた鱗を持って帰ることは可能である。
ただしセレイナの領土にあるものなので、あちらの国に外管とはまた別の許可をもらいに行かなくてはならない。
セレイナにもハーレのような場所はあるがそこではなく、国役場という王様へ直接、間接的に許可を申請できる所に出すのだ。
ここで許可が降りれば、次に行くときも手続きが簡易化できて動きやすくなるだろう。
手数料はその度に取られるだろうが、彼もそのことは承知済みである。
とりあえず方針はまとまってきた。
「セレイナと外管にそれぞれ許可がとれ次第、破魔士へ依頼という流れでよろしいですか?」
「手数料と破魔士、依頼の仲介料となるとけっこうな金額になりますよね?」
「手数料の金額がいくらになるのか、最低でも5ペガロだと思うんです。ハーレでの取り引きでシーラの金粉ちょうちょがそのくらいでしたので。依頼を出す前にその辺りを相談しましょう」
「ありがたいです」
決まりだ。
ペトロスさんが去った後、私とヤヌスは外管の手順を互いに確認し合った。
「外国輸入管理から輸入許可証を貰うために、まずは所長の調印がある申請書を作って」
「裁判院に提出する、ですよね」
彼は人差し指を立てると目頭にグッと力を入れて私を見る。
「そうそう! でも今年からシュゼルク城のソリド大臣宛になったって言ってたっけ?」
「あ……忘れてました。俺、物覚え悪くて、すみません」
「別に提出先間違えたわけじゃないんだから謝らなくていいんだよ、そういうのはやっちゃった時に言うもの」
「やっちゃった時……ナナリーさんはあるんですか?」
「んまぁ……いや…えっと。毎月何かしらやっちゃってるような。クビを覚悟したこともあるような」
スン、と明後日の方向を見る。
「ええ!? そんなにですか?」
先月の時の番人の時とか、その前には所内で騒いで所長からゲンコツされたりとか、就業態度やばくないかと自分で感じることが多々ある。
時の番人のときにクビになるのを恐れて所長に平謝りしたことは誰にも言っていない。
恥ずかしすぎる。
甘やかされているんじゃないかと思うが、そういう意味では幸運なんだろうなと自分の置かれた環境に再度感謝をする。
ゾゾさんには、思うより仕事バリバリ人間じゃないところが好きだと言われたことがある。
良いのか悪いのか微妙なところだが、好きだと言ってくれるなら悪く捉えることもない。
「ヤヌスはしっかり者だと思うよ」
「ありがとうございます」
彼は私の名前と自分の名前が記された申請書を持ち立ち上がった。
所長室へ向かう後輩の姿を見送り、私も自分の席に着く。
「ヘルちゃん、ただいまー。この依頼のばあさんちょっと癖モノだったよ。個人的に仕事頼まれそうになっちゃってさぁ……そりゃもうしつっこく」
「お帰りなさいませ〜、お疲れ様でした。個人的にお仕事を? 無償で?」
「うん」
破魔士の男性はこめかみをおさえて困り顔になる。
「それは困りましたね。今度依頼が来ましたらそれとなく注意を入れるよう書いておきますね」
「俺だってわからない様にしてもらってもいい?」
「ええ、それとなく言ってもらえる様にしますから。最近そういう方が増えているみたいなので。というていで」
実際そういう依頼人は見聞きするので、その類の声かけは皆得意としているところである。
「ありがとう。ヘルちゃん大好き」
「また奥様に怒られますよ」
「それとこれは別なのさ〜」
調子のいいことを言いながら、破魔士の男性はガハハと大笑いしながら外へ出ていった。
「お姉さん、あの掲示板の左端のやつってまだ残ってる?」
「あります。お受けされますか? コーディさんはこの間イーバル中級を過ぎたので、その隣の物でも受けられますが」
「え、あ、俺のことわかるの?」
「もちろん記録がありますからわかりますよ」
「いいやそういうことじゃないんだけど、なんかお姉さん面白いな」
彼の履歴を確認しつつ、依頼書に調印をもらい送り出す。
受付の列が途切れたところで懐から革の手帳を取り出す。
もし外国へ許可証を発行してもらうということになったら、出張に私が行くことになるかもしれないということを頭に入れつつ、手帳を開いて大体の時期を見積もった。
出張の期間は三日間、それまでにかかる日数は手続きの時間を考えると約二ヶ月。
手帳内の小さな文字を追っていくと、赤く囲っている日が目に止まる。
”ゼノン王子お呼ばれ”
予定に入っている文字を見て、パタリと手帳を閉じる。
もとより来られたら来てくれという話だった。
返事もはっきりとは出していない。
仕事バリバリ人間じゃないところが好きだとゾゾさんは言ってくれたけれど、先の誘いより仕事を優先しようとしている私はとてもじゃないが褒められた人間ではないだろう。
「神殿から一件依頼が届いてるから目を通したらアルケスに渡しておいて」
指先で手帳を遊ばせていると、ゾゾさんがカウンターに三枚の紙を置いて後ろに立った。
これは? という顔で振り向く私に、彼女は所長からの確認のご指示よと言って片目をパチンと閉じる。
「なるほど。でもそこからの依頼は珍しいというか……」
「私も見たけどキングス級への依頼にしては内容は軽い感じだったわよ。よっぽど失敗されたくないんでしょうね」
魔物絡みであればキングス級も当然ではあるが、家の周りに強力な防御膜を張ってほしいだとかそういう依頼もキングス級に来ることがある。何かを正確に丈夫に施してほしい時が多い。
神殿ならば騎士団に頼めばそういうことをしてくれそうだけれど、わざわざこちらの破魔士に依頼とは珍しい。
「『神殿施設の修繕作業』? 専門の業者じゃありませんし、修繕作業をするというよりかは建物に術を仕込むなりなんなりするんでしょうかね」
「騎士団に頼むより割安なんじゃない?」
割安かぁ。
神殿も大変らしい。