物語2・8
 竜が生命保存生物に指定されたらしい。
 今朝受け取った新聞に書いてあった。

「マーグレル地方の黄色い竜は、もうドーラン内では確認出来てないですもんねぇ」
「幻の生物になる前でよかったと思うべきかしら」

 裏庭の休憩所でチーナやゾゾさんと共に丸太へ腰掛け、共用の新聞を広げながら軽食を頬張る。
 庭師の人が芝生を刈ったばかりで休憩所は小奇麗になっていた。心休める空間には庭師のおじさんが欠かせない。
 新しくお花を植えてくれたのか、黄色いクインカの花が花壇に咲いていた。
 二人掛けの椅子に乱雑に置いてあるひざ掛けを手にとり肩に羽織る。

「保存生物となると、竜関係の依頼は断らなければいけなくなりましたね」

 蒸かした野芋もパクリと口に含んで新聞の記事を指さす。
 竜はこちらから仕掛けなければ比較的おとなしい生き物であるが、お腹が空くと近くの町を荒らしたりするので討伐している所が多かった。
 繁殖が難しいとされている彼らはそのせいで数が減り、今では滅多に姿を見せていない。
 人里に近寄らなくなっただけだと思っていたが、こうして保存生物になったということは本当に絶滅寸前だったのだろうと改めて現実を突きつけられた気がする。
 人間もいつまで食物連鎖の上位にいられるかは分からない。

「あの〜パラスタ先輩、お見合いはどうでした?」

 三人でぽけ〜っとしていると、チーナがおもむろに切り出した。
 私はバッとゾゾさんを見る。
 それは誰もが聞こうとして聞けなかったやつだ。勇者チーナはその勢いのまま彼女へ詰め寄り、かっこよかったんですか良い人でしたかと矢継ぎ早に攻めていた。
 ゾゾさんの目に覇気がない。
 ち、チーナちゃんと抑え気味に彼女の肩に手をかけるが、その前にゾゾさんが口を開いた。

「どうもこうもないわよ。お互いお世辞言って終了。今まで生きてきた中で一番退屈で最悪な時間だったわ。あっちもそう思ったでしょうよ」

 ゾゾさんは先日、結局お見合いへ行った。
 皆の引きとめも虚しく相手とお茶をしに行ったようだが、心踊るような出会いではなかったみたいだ。
 あんな空間に今度行くようなことがあったら国外へ逃げてやると鼻をフガフガ鳴らしている。

「しばらく恋愛関係はこりごりよ。貴女たちは頑張んなさい、特にナナリー」
「私に振らないでください……。頑張ってねチーナ」
「え〜、せんぱぁ〜い」

 三人揃って蜜茶を啜った。





 竜が生命保存生物に指定されたことにより、所内の掲示板に注意事項が加えられることとなった。
 竜の皮膚素材など、指定生物による依頼は受けられないという、依頼者向けの注意喚起である。
 所長からの指示通りに用紙へ書き込み、数週間は掲示板以外の壁にも貼り付けることにする。食堂のカウンターと座席にある間仕切り、待合場所の壁や魔導所の玄関口。
 十枚以上あるお知らせ用紙を抱えて、魔導所内を歩き回る。
 すれ違う利用者に挨拶をしつつ、時折この紙が欲しいという人がいるので手渡していく。竜なんて見たことないと同年代の破魔士が話しかけてくれるので、私もですと苦笑した。
 若年層にとっては見たこともない生き物なので興味津々といった様子が見られたけれど、竜を見たことがある年代の人達は感慨深げに新聞を広げて立話をしていた。

「竜退治なんて昔の話だもんな」
「年取ると悲しくなるぜ」

 白い口ひげを生やした破魔士の男性が、切り傷のある頬に手をあてて眉を垂らしていた。
 生き物と歴史には切っても切れない繋がりがある。人の思い出もまた然り。
 しかしこうなると困ってくるのが、あの人である。
 昼時の肉の焼ける美味しそうな匂いを鼻先で感じつつ、ある依頼人の顔を浮かべて用紙を眺めた。

「ヘルさん」
「はい? ……ペトロスさん!」

 外へ出ようとした私は声を掛けられて振り返る。
 そこには薬師のペトロスさんが買い物袋を持って立っていた。
 依頼人受付へ向かうところだったのか、箇条書きに書き留めたものを握りしめていた。

 彼を依頼人受付に案内し、新人の男の子がちょうど一人で座っていたので、声をかけて隣に座る。
 新人育成係のニキ先輩がお手洗いに行っているようなので、彼女が来るまで代わりとしてはなんだが横で一緒に受けることにする。
 落ち着きのあるゆったりとした仕草が印象的な男の子で、名前はヤヌス・テラロイド。栗毛のさらさらした髪も彼の特徴である。
 特技は口笛を吹くこと。
 この前裏庭で披露してくれた。
 凄い上手だった。

「ペトロスさん、いかがしましょうか……」
「他に薬に代用できるものがあるか考えてみたんですけど……これです」

 難しい顔をした彼は、先ほど手にしていた用紙を差し出す。

 薬師であるペトロスさんは以前に心臓の病気に効く薬に必要な材料として、竜の鱗の依頼を出したことがある。
 その時はまだマーグレル地方の竜の巣に鱗が落ちていたのでなんとか依頼は遂行されたが、もう王国内にその姿はないばかりか、外国へ行ったとしても、竜の生活域に足を踏み入れてはいけない。まして竜の一部を持つことは禁じられてしまっている。

「竜ほどにはいかないまでも、同じ鱗類をと思っています」

 薬には竜の鱗のような丈夫な性質をもつものが必要なのだと話された。

「そこで、人魚の鱗はどうかと考えたんですが」
「人魚!?」

 大きな声を出して、周りから奇異の目で見られた。
 私はとっさに口元を隠して頭を垂れた。

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