物語・19
 最初の出欠確認が終わってからの休み時間。

「私達の教室は平民が二名なんて、なぜなのかしら」
「それだけなら貴族のみの教室にすれば良かったのに」
「本当よねぇ」

 教室から出て廊下を歩いていると、幼き日の貴族女子達がわらわらと集まり、そんな話をしているのが聞こえてきた。

「あ! ナートリー先生、髪の毛の魔法教えてください!」

 懐かしい光景だなぁと平民の話をしている彼女達の横を通ると、すれ違い様にひき止められる。

 そうだ、そんなやり取りしてたな私。

 瞳を輝かせて興味津々と前のめりになっている貴族女子達を見ていると、こういう可愛い部分があるから結局は嫌いにもなれず級友として上手くやっていくこともできたのだろうとしみじみ感じた。……もちろん私の忍耐力も忘れてはいけないが。

「え〜、おほん。よーし髪の毛の魔法ね」

 両手を組んで指をゴキゴキ鳴らす。

「いろいろいろつきはじめのおいろ、わすれてぱっぱか七変化」

 ポフン。

 呪文を唱えて指を振り、自分の髪色を黒に変える。

「面白い呪文〜!」
「そんな呪文あるんですか!?」

 私も昔調べた時、え、こんな呪文あるんだと単純に驚いた。なんだこれふざけてんのかと一瞬疑った覚えもある。
 
「これで一時間くらいなら髪色変えられるよ。最初は中々上手くいかないから、全体を変えようとするんじゃなくて、一本の髪の毛とか毛先から始めたほうがいいかな」
「きゃー! ナートリー先生ありがとう!」
「寮に帰ったら練習しましょ!」

 あー可愛い。

 きゃぴきゃぴとまた輪になって話し出す彼女達を背に、私は教室から離れていった。





 授業があるまで、図書室で一息つくことにする。他の皆は先生達に頼まれて雑用があるというので、私一人だった。ボードン先生は特に私には何も言わず、何かお手伝いありますかと聞いても「ゆっくりしていなさい」とその一点張りだったので、こうして静かな場所に来ている。

 学校の休み時間はそこそこ時間が長いので、学生の頃は図書室でよく勉強をしていた。
 さっき図書室に入った時も、入学して最初の登校日だというのに隅の机に私が座っていたのを見かけた。あちらはこっちに気がつかないほど集中しているので、話しかけることはしない。相変わらずだなと自分に笑う。

「いやいやそれより、どうしよう……」

 まさか、ま、さ、か、……トレイズがあんな形でロックマンの隣に座ろうとは。

 それにあれが未来のトレイズだったとして、今のトレイズはいったいどこへ行ったのだろうか。憑依したのか、今のトレイズをどこかへ匿って隠しているか、いずれにせよ問題は山積みである。まずは皆に知らせないと。

 しかし教室を変えるなんて彼女が空気の通りが良いとは言っても、そんなものは僅かの差でしかないはずで、……その線の専門家ではないのではっきりと意味がないとは言えないし、困ったものである。

「……」

 困った、のか私は。

 灰色の天井を見上げて頬杖をつく。
 雨漏りみたいなシミが広がる薄汚い天井に、窓から射し込む太陽の光があたっている。舞っている埃がキラキラと氷の粒みたいに見えた。
 天井まで届くくらいの本棚にはたくさんの実用書や魔法型別の本、占いの本から小説、刺繍やら趣味の本まで豊富にある。

「自分が気持ち悪いな」
「気分でも悪いのですか?」
「そんな感じじゃな、い……?」

 会話が成立していることに違和感を感じ横を向いた私は、そこにいた人物を見て、テーブルに顎肘を立てていた腕をズルっと崩した。いたいけな私の顎が木の板へゴッと鈍い音を立ててぶつかる。
 痛い。

「あぁああああアルウェス・ロックマン! ……くん」

 負傷した顎を指先で撫でながら名前を呼んだ。

「今凄い音がしたような…ああ、いえ名前を憶えていただけていたようで良かったです」

 訝し気にこちらを見たかと思えば、次には人の好さげな笑みを浮かべて首を傾けた。
 アルウェス・ロックマン十六歳がそこにいた。
 びっくりした。話しかけられるなんて、まだ先生にもなりきれていないというのにヤバイぞこれは。今の私には他の色々な問題より対応が難しい。

 だって、だって生意気なのにはやっぱり変わらなかったし、十二歳の私への態度も当然のように悪かった。悪いというより、他者から見ればただの子ども同士の喧嘩にしか見えなかったんだけど、

「そんなに本を持って、勉強?」

 彼の手元を見ると本をずいぶんと抱え込んでいる。
 ざっと見ただけで7冊ぐらいはあるだろう。

「僕は四年ほど入学を見送ってから入ったので、同い年の生徒より学習内容を理解していなくてはならないんです。先の先までぬかりなく」

 苦笑気味に漏らした「ぬかりなく」の言葉に、私は口を引き結んで瞬きを繰り返す。
 なんでだろう、今の感じ。
 
「え、と」

 何か言おうとして言葉につまった。

 ほんの少しだけ、昔の彼のことをほんのちょこっとだけだけど、理解できたような気がする。

『年齢でも負けてたなんてぇ!!』
『そればっかりだな』

 大会の際に発覚した年齢差。
 私はその年の差を知ったとき正直悔しい気持ちでいっぱいだった。私より先に大人になっていたなんて、私のほうが子どもだったなんて、どうやっても埋められない距離。

『聞かれなかったから、言わなかっただけで』

『身体的な年齢は多分、君やサタナース達とは変わらないから』

 けれどロックマンはそうじゃなかったのかもしれない。
 彼は年の差という事実に、誰よりも引け目を感じているように見えてしまった。
 こんな風に笑うなんて、別に悪いことをしているわけではないのに。勉強をすることで満たされないものを満たすような、底知れないこの子の孤独感が伝わってくるのは何故だろう。

「もしかしてお聞きになっていませんでしたか?」
「把握はしていたから、大丈夫だよ」

 気まずそうに眉を下げたロックマンに、悟られまいと振る舞う。
 
 ところで一つ気になったことを聞いてみる。

「隣の席の、ナナリー・ヘルさん……あっちにいるけど声かけないの?」

 我ながらなんつー質問してんだろうかと思うものの、でもロックマンだったら嫌味の一つでも言ってきそうなのに。
 ロックマンは私がいる方(小ナナリー)を仰ぎ見たあと、目を閉じて口をへの字に曲げた。
 なんなんだその顔は。

「気が散るので近くには、あんまり」
「そ、そう」
 
 なんでそんなことを聞くのかとでも言いたげな視線が突き刺さる。私はしれッと横を向いてあははと愛想笑いをしたあと、じゃあ先生も大人しく勉強してようかな〜なんて言ってさっさと会話を終わらせた。
 分かっていたことだけど、私以外の人間にはだいぶ柔軟で優しく、嫌な態度一つ取らない真面目な少年である。
なにこのロックマン。私こんな対応されたことないぞ。
 魔力のこともあった関係で、のちに手が出るほどの喧嘩騒ぎを起こしていく私達だけれど、その前までのこの嫌われようが凄い。

「なんで意地悪しちゃうの?」
「……さぁ?」

 僕にもよくわかりません。
 そう言って私から目をそらすロックマンに、本当に分からん奴だなと口をすぼめる。

 自分より小さいとわかっているせいか、アルウェス・ロックマン相手にズケズケと質問を繰り出せてしまうこの状況。

 馬鹿だな私。
 大人の彼にもこんな風に接することができたらいいのに。子どもの状態じゃないと普通に話せないなんて。
 ズルをしているような気がして自分が許せなくなってくる。

「そうだ、先生の兄弟に姉にあたる人はいますか?」
「姉? いとこの兄ならいるけど、一人っ子だからお姉ちゃんはいないなぁ」
「そうですか」
「何か関係があったりするの?」

 質問に質問返しされたロックマンは思案顔になる。
 それから数秒、間が空いたと思えば、何もなかったように私を見上げた。

「いいえ、特に。先生が凄く綺麗だから、ちょっと気になったんです」

 でた。
 でたでたでたでたでた!

「そ、そう」

 さらっとなんの気もなしに、表情ひとつ変えず、まるでお世辞ともとれない態度で言い放たれる褒め言葉。

 こういうところだよ! 
 なんなのこの十六歳!? 
 身体年齢十二歳とか言っても、中身はこれですよ! 

 数多の女が恋狂うという噂を長年疑問視してきた私だけれど、この女たらしの底の深さを今、身をもって知った。

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