ペンダントの中の女の子 [ 52/156 ]
アイゼンにはめて貰ったハーシエルの腕輪をそっと撫でる。人肌に触れて少し温かくなった金属が心地よく馴染んでいた。
「……、」
「ご機嫌だな、リア」
「アイフリード……」
ご機嫌、とは確かアイフリードの様な事を言った気がする。アイゼンが「アイフリードの野郎は今日もご機嫌だな」ととても低い声で褒めていた(※怒っていた)
「ゴキゲン、じゃないよ。…アイフリードみたいじゃないから」
「俺?あー……アイゼンか。まあ俺は心水さえあればご機嫌だな。っつても色々あるからな…お前の場合はその腕輪を貰って「嬉しい」って気持ちが顔に出てるぜ」
「うれ、しい……気持ち?」
ムニ、とアイフリードの革手袋の質感が頬から感じる。
アイフリードに頬を摘まれたのだと分かると横に引っ張られる。
「ひゃに(なに)?」
「もっとわかりやすく笑っとけ。今は難しいだろうが少し口角を上げるだけでその方が野郎共も喜ぶしアイゼンなんか超動揺するぞ」
「あいじぇんが……?」
「おう、めっちゃくちゃ慌てふためくアイゼンみたくないか?」
アイゼンが、慌てる?荒れる波を相手をする彼らがバタバタと慌てていたのはこの数日の船の移動で見慣れてきたがアイゼンはそこまで慌てていた様子はなかった。それが私が「笑う」だけでアイゼンがどうにかなるのだろうか?
「……ひゃんばる」
「おう、練習あるのみだぜ!さて……俺もお宝を探さねぇと怖い怖い死神に……」
「呼んだか?」
「……お前はリアのストーカーか何かか?」
パッと摘まれた頬を離されたと思ったらアイフリードの後ろには先ほど船員たちの指示をしに別れたばかりのアイゼンがいた。
「お前仕事は終わったのか?」
「テメェに言われたくねぇ言葉No.1だな」
「優勝できるね……」
「特典があるならそれも嬉しいんだが生憎と待っているのは野郎の拳骨だ。……ってな理由でリア!パス!」
「!?」
「オイッ!」
アイフリードが投げてきたのは心水がまだ入った瓶だった。キャッチは出来たがつかむタイミングが悪く,逆さまに瓶を掴んでしまった為バシャンッと嫌な音が聞こえたと思ったらお腹から下がビシャビシャになっている。
アイフリードは私が心水が溢れたという事を理解する頃にはもう何処かへ走り去っていた。
「ベタベタ……」
アイフリードは色のない心水を飲んでいたが水とは違い体が少しベタベタする気がした。海に入ろうか、と思ったが先ほどのアイゼンとのやりとりを思い出してどうしたものかとじっ、と彼を見つめると気まずそうに目をそらされた。
「チッ……これでも被ってろ!」
「うぷっ」
「俺はアイツをとりあえず1発殴ってくる。お前は船に戻って海水じゃない水のシャワーを浴びてろ。かめにんに予備の服も貰っているだろ」
押し付けられたダボダボのアイゼンの黒いコート。着れという事だろうか?だがそれだと今の心水を浴びた私が着てしまうと
「……アイゼンの、コート臭くなるよ……?」
「いいから着ろ。……今の姿は目に毒だ」
「?、」
「あー……いいから、着てろ。いいな。それでさっき言ったようにシャワー浴びてこい。コートは予備があるから気にするな」
「わ、分かった」
有無を言わさないアイゼンの目にとりあえずダボダボなコートを着ると何故かホッと息を吐いたアイゼンはそのままアイフリードを追いかける。
アイゼンは身長が高いので長いコートを引きずりながらバンエルティア号へ来た道を戻ると胸元に何か違和感。思わずそこに手をやると謎の質感が手に伝わってきた。
「なに、か入ってる……」
借りたコートの内側のポケットからシルバーの金具が覗いている。何となく、それを引っ張るとシルバーのシンプルな丸い2つ合わせの貝のような物が繋がっていた。これはペンダントなのだろうか……?
「?、……?」
装飾が全くないなー、と縁をなぞったり押したりするとパカ、と音を立てて合わせの部分が開いた。
そして開いたその中で女の子がニコニコと笑っている、絵が入っていた。
歩を進めていた足が止まり、そのペンダントの絵を撫でる。それは覚えていない私でも分かる可愛い、笑顔だった。
「……笑、ってる」
アイゼンに似合わない可愛い絵にただペンダントを握り締めて遠くで皆と笑いあっている彼を眺めるしかなかった。