Helianthus Annuus | ナノ
聖隷 [ 29/156 ]


「いやぁぁぁぁ!!私は美味しくないですううう!!!!」

「待て!!落ち着け!!余計絡まるぞ!」

「だって…たべ、食べられちゃう!!」

「食べん!!いいから止まれ!」

私は今絶賛アイゼンに横抱きされており、全力で身を捩って抵抗していたが複雑に絡まった糸がそれを邪魔してまともな動きはできない状況だった。

アイゼンの言葉に一瞬動きを止めるが抱え直されて再びバタバタと抵抗する。

「いやーー!!嘘つきーー!!私は美味しくないってばぁぁぁぁ!!!!」

「移動するだけだ!俺は人魚は食わん!!」


完全に海水から体が離れたので尾ひれの部分が再び人の脚の形に戻る。こうなったら蹴りを入れて逃げたいところだが釣り糸が肌にくい込んで痛いので恐る恐る抱えているアイゼンを見上げるとため息を吐かれた。


「……はぁ…大体人魚なんて好き好んで食う馬鹿がいるか」

「………人間には……人魚の血肉を食らうと不老不死になれるって伝承があ…る、らしんだけど…

「くだらん人間の伝承だ」


「………アイゼンは不老不死に興味ないの?」

「俺は、聖隷だ。そんなもの興味はない」

「だからせーれーって、なに」

「…まあ俺も人魚なんて初めて見たからお互い様か……」

拠点としている場所へ着くとそっと私を下ろしてくれたアイゼンはぽつりぽつりとせーれーについて話し始めながら釣り糸を解いていく。


「聖隷とは凡そ不老の種族だ。俺もこう見えて1000年近く歳をとっている。なのに今更そんなものを欲しいと思わん」

「えっアイゼン1000歳なの!!?」

「そうだ。聖隷は人間と違って見た目の歳は一定でとまる。…あと普通の人間には見えない。お前が俺が見えていたのは人間じゃないからだろう」

チッ、複雑に絡んでやがる。と舌打ちしたアイゼンはまた黙々と糸を解く作業に集中する。



糸を解くのにアイゼンが無言になるのが何となく耐えきれなくて私は拠点の壁をぺしぺしと叩いてそう言えばこれも聖隷術とやらで、作ったって言っていたなと思い出した。

「聖隷術ってやつもアイゼンが人間じゃないから使えるの?」

「得意不得意の属性がある。前にも言ったが俺は地の聖隷だ。だからこうして……」


「おおっ」



アイゼンが糸を解いていた指を地面へ向けるとドゴッと鈍い音をたてて岩が盛り上がってきた。なるほど、こうして家も作ったのか。

「アイゼンは人間じゃなかったんだ……」

「お前もな、……今思えばお前には不可解な点がありすぎる。1年もこの島で生きていたという設定からして無理があったぞ」

「えー、でもアイゼンは信じてくれたじゃん」

「半信半疑だがな。……よし、だいぶ解けてきたぞ」


あとはナイフで切れるだろうと、ナイフを取り出したアイゼンは糸を切る前に少し悩んでナイフを置いた。

「あれ?切らないの?」

「……俺の加護は死神だ。加護を与えた奴に不運が降りかかる……だからこの呪いを解くために異界を旅していたんだ……が、こうして遭難したわけだ」

その呪いのせいでナイフが誤ってお前の肌を傷つけてしまうかもしれないから使えない、とそんな歯の浮くようなセリフをさらりと言うので何だか無性に恥ずかしくなってきたので誤魔化すように話題を逸らした。

「かかか、か、加護ってなに?」

「聖隷が持つ特性みたいなものだな。だいたいは他者に幸運を運ぶが稀に俺みたいなひねくれた加護を持つ聖隷もいる。……俺はこの加護で妹を死に追いやったことがある。……だから呪いを解くまで俺は帰らない、いや帰れないーーー」

また妹を傷つけてしまうかもしれないから、その言葉を飲み込んだアイゼンはまた少しずつ絡まった糸を解く作業に戻った。

「……私にもね、おねーちゃんと妹が沢山いるんだ」

「お前の家族の事は度々話していたな、人魚には女しかいないのか?」

「ううん。男もいるよ。でも私の家族は見事に女の子ばっかりでね…みんなでいつもみたいに海を泳いでいたんだけど嵐ではぐれちゃったの…今はこの異界を中心に泳いで探してるんだ」


この島に1年間住んでいたとはそういうことだ。
近海の海を巡っては波が落ち着いているこの島の付近で寝泊まりして、また探して……気がついたら1年も経っていた。そしてそろそろ別の異界に移動しようと思っていた時に


「……そんな時アイゼンを見つけたんだ」


器用に海藻に絡まってたの見て驚いたよ。笑いながら言うと抜が悪そうに顔を逸らされたがアイゼンは黙って話を聞いてくれた。

「私ね、人間が好きなんだ。だって人間ってすごいじゃない?色んなものを作り出してる。だから私は人間の作ったものが大好きでよく集めていたんだけど他の皆にはそれを理解してもらえなくて、私群れの中でも浮いてたんだ」

「それでカーラーン金貨のことや人の暮らしに通じていたのか」


「そうそう!本とかは運がいいと海に落ちてもインクが滲んでいないものもあるからね。あとは船にこっそり近づいたりして落ちてきた物資を貰ったりしてるんだ。……物資だと思って近づいたのがアイゼンでびっくりしたよ」


「あんな嵐の中俺の呪いでは助からないと思っていた……お前に助けられたのは無けなしの俺の幸運だったという事か」


人魚は幸運の存在なんだよ。アイゼン凄く運がいいね!ふふん、と胸を張ると調子に乗るなって頭をワシャワシャと撫で回された。



「ちょっと!髪の毛ぐしゃぐしゃになるー!……あっ、じゃあ私がこうしてアイゼンに会えたのは、私が人魚だからだよね?私が人魚じゃなければ今頃アイゼンの姿は見ることも出来ないし海の中で溺れていたのも助けられなかったもん」




人魚であることを不便に思ったことはない。伝承のせいで多少生きづらいこともあるが「人魚に産まれてきて良かった」と改めて思ったのは初めてだった。













「アイゼン、」

「あ?」

「…ありがとう」

「……その言葉はこの糸が解けてから言え」



それにその台詞は溺れていたのを助けられた俺が言うべき言葉だ。
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