城に侵入 [ 97/156 ]
「っ……」
「………どうしたの?」
何処か怯えているライフィセットがロクロウの後ろに隠れた。ベルベットの視線を気にしているようなのであの後にきっと何かあったのだろう。
アイゼンもエリアスを睨んでいるが生憎と着いていかない気は更々無かったエリアスはその視線に気付かないふりをする。
「むふふ、間に合って良かったわい」
そんな中いつの間にかにいなくなっていたマギルゥがひょっこりと現れて深夜の誰もいない酒場の前で合流した。
ベルベットはジト目で「あんたも来る気?」とマギルゥを睨むがマギルゥはその視線をあっさりと交わしてニヒルに笑う。
「『お主らといればビエンフーを使う女対魔士が現れるぞよ〜』…とマギルゥ占いに出たのでな」
「ビエンフー……裏切り者だっけ?」
「そうじゃそうじゃ〜」
「当たるのかぁ?それ」
「儂は王城に入ったことがある。一緒だと便利かもじゃぞ?」
ロクロウとベルベットはマギルゥのその言葉に半信半疑だがベルベットが「邪魔したら捨てていくわよ」と折れる形で行動を再び共にすることになった。
「敵の本拠地だ。警備は固いぞ」
「けど闇はある。…タバサにもらったこの記章を渡す赤いスカーフを付けた兵士を探すわよ」
赤いスカーフは、血翅蝶の仲間である証拠だとタバサが教えてくれた。
敵の拠点に正面突破して見つかってしまっては元も子もないので、王国の兵士のなかに紛れ込んだタバサの仲間の手引きで、地下道から王宮へ向かうことになったのだ。
ベルベット達は王宮近くを探していると、直ぐに見つかった。赤いスカーフで辺りを見渡す兵士。
深夜の為殆ど人に見られずにここまで来れた。
「手形を拝見させて貰おうか」
「これよ」
「……確かに。この地下道は王城に繋がっている。離宮の中に出られるはずだ」
兵士が示した場所には地下へ続く丸い石を填めた人が一人通れるくらいの入口があった。
ベルベットが真っ先に降りていくと続けてマギルゥや私が先に降りた。
降りる際にも「着いてくる気か」と再三言っていたが聞かないふりをした。この地下からは水の気配がする。私なんかでもきっと役に立つはずだ。
降りてみると薄暗く、ジメジメとした広い空間に出た。視界が悪く足場もよく見えないのでライフィセットが転びかけるがベルベットが無言で彼を支えて助けてくれた。
態度はよそよそしいが彼女は先程からライフィセットを気にかけているように見える。ライフィセットもその事に気がついているのので彼女にお礼を言おうとするがベルベットがそれを避けるように先に進んでいってしまった。
「あ………」
「気をつけい坊。水の中には巨大ワニがおるでのー」
「ワニ……!!?」
ベルベットに置いていかれて少し落ち込むライフィセットにマギルゥがニマニマと笑いながら水辺を指さして耳打ちをする。肩を震わせて驚くライフィセットにアイゼンが「ワニの好物は魔女だ」とマギルゥを指さすとトドメにロクロウがそれに乗った。
「さあ行くぞ。マギルゥ以外は足元注意でな」
「…水に落ちたら助けてあげるね……ワニに食べられたら難しいだろうけど……」
「魔女差別じゃ〜?!」
「……暗殺に向かう雰囲気じゃないわね……」
🌻
地下道は業魔に溢れていた為、それを倒しながら進むことを余儀なくされた。人々が生活している真下でなんでここまで業魔が蔓延って居るのだろうか?
そんなことを思いながら地下の水で濡れてぽたぽたと水滴の跡を残しながら戦うベルベットの後を追う。
「急がないと夜が空けてしまう……進むために水の高さを調節するのもめんどくさいわね」
「その点に関してはリアがいて助かったな!水中で息ができるかつ水中では無敵だから一々水の中のレバーを下げるのに苦労しないしな」
「えっへん」
そう、業魔だけじゃなくてこの地下道が複雑ということもあって意外と時間がかかっていた。
水の高さを調節する為に一定場所に置かれているレバーを上げ下げして進行しているのだが水の中にあるレバー押すのを水中で呼吸が出来るエリアスおかげでこれでも時間が短縮出来ている方なのだろう。
「いて良かったでしょ…?…ね、?」
「……確かにな」
アイゼンは複雑な表情でそう答える。地下水は海水では無いため足の擬態が解けて尾鰭にならないのが救いでベルベット達の跡を直ぐに追うことができた。ぽたぽたと水滴を滴らせながらも前へ前へと進む。
先頭を行くのはベルベットだ。彼女が無言で業魔を斬り伏せて行くのを見てマギルゥはその後ろ姿を見つめながら問いかける。
「ベルベット浮かぬ顔じゃのー。小悪党とはいえ人間を殺すのは気が重いのかえ?」
「別に……あんたみたいにヘラヘラしてる奴がどうかしてるのよ」
「儂は裏切り者を探しに行くのであって、人殺しに行く訳では無いからのー」
ベルベットが、マギルゥを睨む。その会話を聞いていたライフィセットは「人殺し……」と小さな声で呟いた。
「殺さないと行けないのかな……赤聖水をやめさせるだけじゃダメなのかな」
「そんな話が通じる奴ならいいんだがな。……酒場での噂話じゃ、あの大司祭は相当なくせ者だぞ」
「くせ者……?」
「今でこそ、聖主教も聖寮も民衆から支持されているが、三年前まで閑古鳥が鳴いていたそうだ」
ロクロウの言うその鳥はどういう意味?とアイゼンに小さく聞くと「寂れた様子を言う言葉だ」と帰ってきた。なるほど。聖寮は三年前までは廃れていた、のか。
「そんな苦しい時代にもずっと聖主教会に尽くして来たのがあの大司祭ギデオンだったとか」
「すごい人、ってこと?」
「最初はそうだろうな……だが「降臨の日」に聖隷が見えるようになり、聖隷術が業魔退治に有効だと知って人間は掌を返した」
ロクロウの話の続きをアイゼンが語だす。降臨の日……アイゼン達がたまに話してくれる「聖隷が見えるようになった日」だ真っ赤な空、のあの日。
あれ?なんで真っ赤な空の日って覚えているんだろうか?
まあ今はどうでもいいか。アイゼンの話しの続きを黙って聞く。
「目に見えるものしか信じられぬ愚か者の群れじゃからのー、人間というのは」
「民衆の支持を得た聖主教会の連中は浮き足立って醜い権力争いがおこったらしい。名ばかりの司教や、権力目当て入信した新参者、大司祭の座を狙った連中は、みんな消えた」
「……教会を辞めたってこと?」
「いやぁ、みんな死んじまったそうだ。病気だの事故だの死に方は色々らしいがな……その結果、ギデオンが大司祭になった」
「あ……!」
ライフィセットが悲鳴のような、驚いたような声を上げる。察したのだ。その「醜い争い」を。
アイゼンも海賊団のとして情報を収集していた時に耳に入っただけの情報だ。と言っていたが闇ギルドから流れたものだとしたらその話の信憑性はとても高いものだろう。
「じゃがそうまでして大司祭になったのにいまや民衆は「導師アルトリウス様」の大合唱。心穏やかではなかろうのー」
「まっ、俺たちにも色々仕掛けてくるかもしれんって事さ。用心に越したことはない」
「どんな奴だろうと関係ない。やるべき事をやるだけよ」
ベルベットは話を聞いて吐き捨てるように呟いた。
彼女の決心は相手が誰であれ揺るぎないものなのだろう。
彼女はただ前を見て進んでいく。
「悪い人……だから、殺すの?」
「……それで救われる連中が多いって事だ」
「……人は、生きづらいね」
「そうだな……だがお前は望んでここに居るんだろう」
「…うん。どんな結末であれ私は目は背けない、よ」
ならもう何も言わん。
アイゼンはそれ以上何も言わなかった。
エリアスを睨んでいたあの視線も、なくなった。
「………一緒に居たい、ってだけじゃ、理由にならないのかな」
タバサの元で買った、小さな銀細工のそれを見つめてエリアスはため息を吐いた。
自分の気持ちが希薄だからか、思ってる以上に伝わらないものだ。