Helianthus Annuus | ナノ
その日の夜 [ 96/156 ]

城への侵入は人目のつかない深夜に行う事になった。準備のためにと、ベルベット達は街へ買い物に向かったがエリアスはタバサの夕飯作りの手伝いで酒場に残っていた。


「わざわざありがとう。気にしなくてもよかったのよ?」

「私が…やりたかっただけ……それに……」

アイゼンなんか素っ気ないし……その言葉の続きを飲み込んで道具を使う事はまだ不慣れだが海賊団の時少しだけ手伝った事のある野菜の皮むきに勤しむ。
チラリ、と腕を見ると昼頃に怪我をした部分はライフィセットのお陰でもうほぼあとも見えなくなっている。この事でアイゼンはまだ怒っているのだろうか?

悶々、?としながらも黙々と続けているとタバサはそんなエリアスの心情を察したのか少しだけ微笑んだ。

「前にも言ったけど副長さんは貴方のことをとても大切に思っているわ。だからこそ裏社会を染まるのが少し思う所があるのよ」

「………でも私は勝手に着いてきてるだけだし……アイゼンが、気に病む…?、こと……じゃない」

「あら、でも貴女は本当は帰ろうと思えばいつだって帰れる、違うかしら?」




「……違わない。私がアイゼンと……皆と居たいから居る」


「ならもう答えは出てるじゃない」


その気持ちを真っ直ぐぶつければいいわ。と言ってタバサはそれ以上その話をしてくる事はなかった。

気持ち……ぶつける……
何かを望む時はそれ相応の対価を。アイフリードの言葉だ。
だから今日あの女の人を助けた時も「対価」として心水を渡した。それと同じだ。

ならばアイゼンにも、「対価」を払わないと。私は、彼がどう思っていようとも私の意志、で着いてきているのだから



「タバサ、またプレゼント、見ていい?」

「お好きにどうぞ。貴女が手伝ってくれたおかげでこっちももう終わるから気にしないで」

「ありがと……」



道具を片付けて剥いて終わった野菜をタバサに渡すとウェイトレスの子と一緒に見ていた、あのアクセサリーを手に取る。
ラッピング、というものをすれば人間は喜ぶと聞いたことがある。アイゼンにこのバレッタを貰った時も嬉しい…かった。

後で包装、買いに行こうかな……一人で街に出ることを許してくれるだろうか?
そう思っているとカランカラン、と扉のベルが酒場に鳴り響いて思わず手に持っていたアクセサリーを隠した。




「うわぁいい匂い…!」

「これ、全部一人で作ったの?」

戻ってきたベルベット達だ。テーブルにはタバサが作ってくれたたくさんの料理が並んでいるのを見て
ベルベットは驚いたようにタバサに訊ねる。

「エリアスも手伝ってくれたわよ。いい仕事をする人たちには、いいおもてなしをしないとね」

「やれやれ、こりゃあ、後が怖いのー」

マギルゥはまっさきに席に座り、目の前の料理を美味しそうにがっつきはじめた。
それに続いてライフィセットもその隣の席に座る。


「あなたの好きなマーボーカレーもあるわよ」

「わあ……!」

タバサの言うとおり、ライフィセットの目の前のテーブルには、ほかほかと湯気の立ったマ
ーボーカレーの皿が差し出された。
ライフィセットはマーボーカレーを匙口に入れる度に、顔が自然とほころんでいく。


「うまい、うまい! こいつは絶品だ!」

「うむ……素材も味つけも申し分ない。このまったりとした舌触りの中にうっすらと残る軽妙さは、隠し味のスパイスが……」


前は心水とつまみだけだったからな!とロクロウもアイゼンも、食事を楽しみながら思い思いの感想を述べている。
しかし、ベルベットだけは食事に手をつけず、じっと席に座ったままだった。

その姿を見てタバサがエリアス用に用意してくれた辛さ控えめのマーボーカレーを手に取ってベルベットに差し出す。

「マーボーカレー食べないの…?」

「……分からないのよ」




「え……?」



「食べ物の味が分からないのよ。業魔になってからずっとね」

「……業魔だから?」

「さあね。正確に言えば血の味しかしないってことだけど、…とにかく何もわからないの」


業魔とはそういうものなのだろうか?
しかし、同じ業魔であるロクロウは人間はと同じく楽しそうに食事をしている。その顔を見ていると味を感じていない様にはとても見えない。

ライフィセットとロクロウが、先程門前で話していたのはこの事だったのか。エリアスは納得はしたが、業魔、とはいえ何も食べないのは……とベルベットの前に尚もマーボーカレーの器を置いた。


「いらないわ」

「でも…何か食べた方がいいよ?お腹減ってるんでしょ?だったら味がしなくても……」

ライフィセットが頑なに食べようとしないベルベットに僕のこれも、とおかずを差し出したが「いいって言ってるでしょ!!」とベルベットは乱暴に答えた。



「……ごめん…」

「……少し休んでくる。作戦決行の時間になったら起きるから」


そう告げて背を向けると、ベルベットは二階にある奥の寝室に引っ込んだ。





「あいつは味がしないからと、いつも飯を食わないんだ」

そんなベルベットを見てロクロウはこともなげにそう言って、目の前の皿に手を伸ばした。慣れている、とでも言うような反応だ。

そんなロクロウを尻目にマギルゥがピーチパイを頬張りながらライフィセットへ顔を向けてきた。

「ベルベットの好物を知っとるかえ?」

「でも、血の味しかしないって」


ライフィセットがそう答えると、マギルゥはゆっくり首を左右振って満足げにニンマリ微笑んだ。



「生き物じゃよ」

「えっ!」

「左手で喰らう生き物のみが、ベルベットの食欲を満たすのじゃ。美味いのかどうかまではわからんがの」

「人の食べ物、美味しい…のに……」


なんだか勿体ないな、
ベルベットが立ち去って置かれたお皿だけが取り残されたのを見てそう思った。一緒に行動をしてまだそんなに経ってないが、ベルベットはあの左手で沢山の業魔を喰らっているのを見た。それが、彼女の食事……なのか。

彼女の事を全く知らなかった。ベルベットに余計なことを言ってしまったのかも知れない。


「どうした、坊。匙が止まっておるぞ。食欲が無くなったか?それとも儂が代わりにおいしくいただいても良いのか?」

「だっ、ダメだよっ!」

ライフィセットは慌ててマギルゥの視線の先にあるマーボーカレーを隠すように両手で囲ったのを見てタバサはくすりと微笑む。

「彼女が食べない分の、おかわりはまだあるわよ」

「……ベルベット…本当に食べないのかなぁ」

「アイツがいいといっているんだ。あまり干渉するな」


アイゼンがライフィセットを制すが納得していない顔だ。それでも、やはり気になるのか先に食べ終わったライフィセットは席から立ち上がりベルベットの後を追った。


「……大丈夫かな」

「ベルベットか?それともライフィセットか?」

「……両方……」


ロクロウがまあそのうち慣れるさ、となんて事ないようにそう告げて彼は彼で心水を煽り始めていた。
マギルゥもいつの間にかに先程食べていた席からその姿を消している。

みんな自由だなぁとデザートとして出されたピーチパイを食べているとアイゼンがタバサに向かって「例の情報はどうなっている」と低い声で尋ねていた。


「……アイフリード船長が一時監獄島に囚われていたのは事実だったわ。その後に特等対魔士メルキオルに連れ出された事も。でもその後の消息が掴めないの」

「アイフリード……」


私が囚われたあの場にアイフリードもいたのか、
彼も悪運、と言うやつが強いって言っていたから可能なら一緒に脱出出来ればよかったのに。サクリ。最後のひと口を食べ終わってアイゼンとタバサの話に聞き耳を立てる。
聞こえている事は別段気に止めていないみたいで彼らは話を続けていた。


「いずれにせよ、聖寮がアイツを捕らえているのは間違いないな」

「目的は何なのかしら……海賊討伐のためなら見せしめに処刑をするか、貴方達を誘い出そうとするはずよね?」

「処刑……?」

その言葉に思わず席を立ち上がった。処刑、って確か…殺す事だ。

アイフリードが、殺される。

あの人は私へ外の世界を見せてくれた1人だ。そんなことにはなってほしくない。そんな私を宥めるようにアイゼンが私の肩に手を置いて「今のところどちらの動きもない」と少しだけ低い声で告げた。


「もしかしてアイフリードが異大陸から持ち帰ったという"遺物"が狙いなんじゃないの?」

「あっ………」

アイフリードが見せてくれた、ジークフリートという変わった形の、武器。
その単語はアイゼンが私の口を制した為言うことは出来なかった。闇ギルドに教えるつもりはないのだろう。


「可能性はあるな。あいつは"ある遺物"を妙に気に入って大切にしていた」

「どんなものなの?」

「海賊団の機密だ。今はこれ以上は言えん」

「あら、そうなの。残念ね」

少しも残念そう、には見えないタバサは「海賊の掟が無いエリアスは知っているかしら?」と私に視点を変えてきたがアイゼンは舌打ちをして言うなよ、と私を睨む。

その視線に怒られるのでごめんね、と謝るとタバサはまた微笑むだけだった。


「…だがもし聖寮の目的が"それ"なら離宮に囚われて
いる可能性は少ないだろうな。あそこには拷問の設備がないだろう?」

「ごうも……?」

「……その、通りね………1部でも規律を明かしてくれた事に感謝するわ」


お前は知らなくていい。アイゼンはタバサに背を向け
「その線も含めて引き続き情報収集を頼む」と一言声をかけて彼もまた寝室へ向かっていった。

アイフリードの話なのに仲間はずれにされている気分だ。だって彼は"私"を、見てくれなかった。


「……聞いちゃダメだった?」

「それなら最初からこんな所でお話しないわ」

「う、ん」


彼と向き合うために用意したプレゼントを渡しそびれてしまったな、と手に持っていたソレを見てため息を吐いた。



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