恍惚を貪る天使

 塞いだ唇の濡れた感触は悪くなかった。緩く抵抗する体を抱き寄せてさらに深く口づければ、神戸は観念したように身を任せてきた。お互い分はわきまえている。入っていい領域がどこまでなのか、越えてはいけないラインがどこにあるのか。わかっているからこそ、こういったときに躊躇などない。
 会えば取るに足らないことで言い争いをする程度の仲だと言えば、大体の連中は「仲が悪い」と思ってくれるから楽なものだ。本当に関わりたくなければ自分が気に入らないところを口に出すことさえしない。喧嘩になるのは、それだけお互いに求めるものがあって、相手がそれを聞き入れる可能性があると思っているからでもあるのだが。でも周りに「仲がいい」と思われるよりも「仲が悪い」と思わせておいた方が楽なことは間違いない。面倒なことに関わらずに済むし、また関わらせずに済む。ただのシンプルな恋人としての繋がりだけで事は足りる。
 彼女の太股のラインをなぞれば、欲情した視線が重なる。どうせ誰も知らないのだから、抑える必要などどこにもない。ドレスのスリットの隙間から指を這わせると、神戸は微かに咎めるように眉を寄せた。衣服を乱すことを極端に嫌がる神戸らしいと言えばらしい反応だが、特に文句を口にするでもなく黙って従っているのは、お互いの姿くらいしか見えないこの暗闇のせいか、声を出して誰かに見つかることを恐れているからか、それともその半々か。唇を離した時に吐いた少しだけ乱れた息と熱っぽくこちらを見つめる瞳は女のもので、それに惑わされている自分もこの瞬間はただの男になっている。普段意識している自分の存在理由も、肩書も、責任も、ここでは意味をなさない。どこにでもいる男と女、あるいは雄と雌。言葉で語らずとも本能で、今この瞬間互いに互いを必要としていることを承知している。
「で、どうするん?」
「わざわざ言わせたいんか」
「うん」
 だっていつもうちから誘ってばっかりやもん、とむくれる表情は、過去に何度も見たことがある。何が何でもさせたい、というほどではなくても、相手をその気にさせるつもりの時に神戸はよくこの表情をする。そう、「浮かべる」のではなく、自発的に「する」のだ。こういった点に関しての場数を踏んでいることは想像に難くない。食えない女。でも、一度そのからくりを理解してしまえばこれ以上わかりやすい女もそうそういない。
「断る」
「…なーんや」




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