act 3

重なる格好となっている二人のすぐ横、神楽の左耳のふちを刀がかすった。
二人してハッとし、横目で刀の存在を確認するした時だった。
グンと男の体は引かれ、あっと言う間に神楽から引き離された。
あまりにも突然の事で、神楽はそのままの状態から動けない。その神楽をそのままに、先ほど刺さっていた刀が一瞬で抜かれた。
そしてヒュっと言う音とともに、刀が流れる様に跳ねた。

状況を把握していないまま神楽は体を起す。
そしてあっと口を開けた。

「アンタも趣味が悪りィですぜ? よりによってこんな女を組み敷くたぁ、俺にはちっとも理解できやせん」

しらっとした表情で台詞を吐いたのは、此処にくる予定も、話しさえしていない、隊服を着た沖田だった。
信じられない。唖然と神楽は両の目を見開く。
神楽の目の前で、沖田は陽光の喉仏に刀の切っ先をあてがった。
男は初め驚いていた風だったが、自分の喉元を見るなりクッと笑った。そして喉元に切っ先があるにも関わらず、それをものともせず、陽光は口を開いた。

「アンタの目は節穴かい? こんな女、江戸中探したって見つからないよ。見てみろ、あの太股、乳、きっとさぞかし旨いにちがいない。誰より先にこの僕が骨の髄までしゃぶりつこーと思ってた所でね」

鼻で笑った男の視線の先、神楽は自分の格好を見た。肌蹴た胸元。暴れ着物から見えた、確かに白い透明感のある太股。神楽は首元できゅっと着物を握り締め、足をそそくさと閉じ、沖田から顔を背けた。
沖田は目を細めまた口を開いた。

「はっ。笑えまさァ。あんな性悪女に性欲が働くなんざねぇ……。あー、可笑しい。傑作でさァ……てんで可笑しくて……殺したくなりまさァ――――」
沖田の表情が一気に変わった。
辺りの空気の流れが一瞬で変わったのを神楽は気付いた。
そしてその空気は、当然陽光へも伝わった。

「脳ある鷹は爪を隠す……アンタもそのくちかい? 背後取られてんのに、この僕が全く気付かなかったのがその証拠だろう?」
「そんなこたぁ、どうだっていいんでェ。今すぐに此処から消えろィ」
陽光の喉元に、沖田の菊一文字がぷつっと埋まる。流れた血は同じ人間と同じ赤色だった。

「勿体ないねぇ? この僕じきじきに彼女を教育してやろうと思ったんだか」
「消えろ。――――三度目は迷わず殺す」
淡々と話す陽光に対し、先ほどから、沖田の表情は、あのいつもの様に人をからかう様な色はなく、非道と言える、侍の目をしていた。
状況について行けない神楽は、そのままの形で、二人のやりとりをボー然と見ている。
沖田の額を見ると、この冬にも関わらず、呼吸こそひとつとして乱れていないが、汗が光っていた。
何故汗が? 神楽の脳裏に、浮かんだ疑問。
しかしすぐに、そんな事はあるはずがないと首を振った。

陽光は獲物を見つけた様に沖田を見つめている。
好戦的。
言葉こそ柔らかいが、この陽光と言う男は相当な悪行を積んでいるのではないか?
そんな嘘ばかりで固められた上っ面を、星海坊主が、何故気付かなかったのか?
神楽は嫌な汗を掻いた。


神楽がそんな事を考えている一瞬だった。
陽光は喉元に埋まった菊一文字を、自分の肉ごと払った。そしてビッと血痕が空中に散るとともに、陽光は沖田に仕掛けるために間合いに入る。けれどそれを沖田は予測していた。素早く刀を持ちかえ素早く陽光の腹元へ。
しかしその仕掛けた沖田の視界に何かが入った。すぐに気付いた沖田は、反射的に振った威力を殺そうとする。
が、若干間に合わない。
スパっと何かが切れる音がしたかと思えば、着物の布が宙に舞った後だった。

目の前で散らばったその布に沖田は一瞬にして冷や汗をかいた。
「何やってんでェ!!!」
叫びながら沖田が神楽の体を引いた。
切ったのは、着物の布だけ。神楽の血痕は刀にはついてない。どうやら頑丈に結ばれたリボンの帯が神楽を守ったらしかった。しかし神楽は黙ったままだった。唇を噛んで、痛みに堪えている神楽のわき腹は、陽光の手によって、本来ならば沖田が受ける羽目になっていたであろうその拳のダメージを受けていた。

「……痛っ……」
神楽はいつもの調子で間合いに入ったつもりだった。
しかし誤算だったのは自分が着物を着ていると言う事を忘れていたと言うことだった。おかげで瞬発力が鈍り、体勢がしっかりとしてないまま陽光の拳を受け止めてしまった。勢いを殺せなかった拳は、それて神楽のわき腹にめり込む羽目になったのだった。
思わず神楽はむせて身を前にかがめた。

息を呑んだ沖田は神楽のわき腹へと手を伸ばした。
しかしその僅かな間に、シュっと空気が裂けた音が響いた。沖田は神楽を抱き寄せたまま一度かわし、少々乱暴に神楽を床へと突き飛ばした。そしてそのすぐ後、緋色の視線とともに沖田が消えたかと思えば次の瞬間には、男の横っ腹、神楽と同じ場所に刀を付きたてようとしていた。

「沖田っ!」
あと一瞬。その時に聞こえた神楽の声。
「駄目ヨ! むやみに殺しちゃいけないアル!」
戦闘種族を誇りながら、殺生を極端に神楽は嫌がっていた。
それはどんな奴にたいしても同じで、その神楽に触れる事で沖田が殺生を控えているのも事実だった。

沖田は、突き立てようとしていたその刀を陽光から引いた。
さすがの彼も、危機感を募らせたらしかった。所詮人間だと高を括っていたが、その剣の速さについていけない自分に、何を思ったかは知らない。陽光は沖田が離れるのを、無言のまま見ていた。

まだ若干痛みに顔を歪める神楽の肩を沖田は抱いた。
「この女は俺んのでェ。横からしゃしゃりでてきて余計な真似してっと叩き切るぜ」
「う、嘘をつけ。この女の事を散々に言っていたじゃないか!」
「あァ、こんな性悪女は俺以外、扱えねぇ」
しばらく陽光は黙っていたが、笑いながら手をあげた。
「分かった。分かったよ。他人のモンにゃ手を出さねーよ」

笑いながら、陽光は沖田と神楽の横をすり抜けた。そう思った直後、陽光は乱暴にきつく神楽の手を引いた。ぐらりと崩れた神楽の体勢。
男は早かった。
沖田の後ろに居て、守られていたが為に神楽の反応は遅かった。確実に男は神楽の手を引き自分の中へと――――。一瞬神楽が見たのは陽光の勝利の笑み。しかしその笑みは神楽の前で崩れた。ぐにゃりと悲痛に奪われた陽光の笑み。神楽の目の前で畳の上に血痕の模様がつくられる。
ハッと顔をあげると、左下からの一太刀。神楽は息を呑んだまま、沖田の手によって再び彼の胸の中へと戻された。

「三度目は、無ぇっつたろィ」
切りつけた後だと言うのに、沖田の瞳は今だ血走っている。
イライラと感情が高ぶる中、刀を振ると、ピッと床に鮮血が飛び散った。

「どうせテメーも傷の治りが早いとか何とかってンだろィ。致命傷を与えなかったのはせめてもの情けだと思ってかまわねェ。とりあえず、今すぐに此処から消えろ。さもねーと次はないと思え」

沖田が剣を振るう所を始めて見たわけでもないのに、神楽は喉がなった。
沖田と言う男は、こんなにも感情的に剣を振るう男だったか? そしてそれはいつも彼が尊敬してやまない男だけの為ではなかったか?

陽光はようよう立ち上がった。
戦闘種族のプライドはズタズタに引き裂かれた上、女さへ手にいれる事が出来なかった。
許せるはずがない。
そう思ってはみるが、目の前の男に勝てる気がしないのも、また事実だった。
まだありありと殺気が刺さる。自分を殺さなかったのも、本当に情けだと分かった。
引くしかない。
陽光は体を引きずり其処を後にした。



・・・・To Be Continued・・・・・



 



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