act 47

また子達が事務所を出てから、ほんのわずかも経たない所で、その足は、ゆっくりとだが失速していた。
落ち着きを取り戻したように、その足は前を向いて歩いている。
そしてその小さな手は、まだぎゅっと握られているままだった。

「またちゃん……」
背中に、お妙の声がかかる。
その声に反応した様に、ゆっくりとその足は失速し、また子はピタリと立ち止まった。
「ほんと……情けないッスよ」
俯いたままの彼女は、そうつぶやいた。

高杉を好きだと思う気持ちは、途絶えることなく、どんどんと増していくのに、それにともなって彼の気持ちがついてくる様な気がしない。




「――――こんなんで、この先やって行けるのか、不安でたまらなくて」
そう言うと、また子は笑った。その表情は泣いている様だった。

高杉は、少し変わっていると思う。あまり感情を出さなくて、自分より、ずっとずっと大人だ。
それに少しでも追いつきたいと思うけれど、いつだって手が届かないままで……。


「好き……なんだけど、それだけじゃ、駄目なんスかね……」
そう言いながらまた、少しまた子は笑った。でもその表情が、あまりにも泣いてるように見えて。
「高杉さんは、ちゃんと大事にしてくれているじゃない」
お妙のその言葉に、ミツバも頷く。
「そう……思いたい……でも、いつだって不安ばかりがぐるぐる回っちゃって」
ミツバの手が、ゆっくりとまた子の頭に触れた。
「またちゃんは、高杉さんの事が、大好きなのね。だから心配になっちゃうのよね」
ゆっくり、また子は頷いた。
好きじゃなければ、こんな風に不安になったりしない。
愛してなければ、こんな思いに駆られたりしない。

そっと、視線を落とし、その膨らみのある、自身のお腹に触れた。
愛しい。そう思えるのは、高杉の事が好きである証拠で。

「パパって、呼んでくれるかな」
そう言ったまた子の手が、ピタリ止まった。

「い、今……動いたッス」
「えっ」
また子の言葉に、お妙とミツバは信じられない様な面持ちで、口を開いた。
「お、お腹の赤ちゃんが、動いたッス」
「嘘っ」
お妙の言葉と、ミツバの言葉が重なった。
「ほ、本当ッス、今、確かに掌に、ポンって」
その言葉を聞いた二人は、また子の掌の側に、そっと自身の掌を当ててみた。
「――――う、動いたっ、動いたわ、またちゃん!」
三人の掌の内側、暖かい温もりから、ほんの僅かにつたわってくるのは、まぎれもなく、胎動だった。
「マ……マジっすかァ……」
わっと、また子の表情が崩れた。

嬉しい――――――。
見る見る間に。また子の頬に、きらきらと涙が流れてきた。
「赤ちゃん、動いたッスよォ」
僅かしか分からないその胎動は、また子の言葉を、そうだと言ってくれている様な気がした。
本当は、こんな早くに分かるはずがない。そう思ったけれど、その振動は、確かにまた子の内側から、伝わってくるものだった。
掌に伝わる、初めて触れるその感触。それはとても暖かくて、また子の中を、いっぱいにさせてくれた。

「パパって呼んでもいいって、言ってるンすか?」
その言葉に反応した様に、再びまた子の掌に、その振動が伝わった。
「可愛い……」
また子は、幸せそうにそう言う。
愛おしい、そうゆっくりと撫でてみる。







「また子」
ふいに、かけられた、その自身の名に、また子は驚き振り返った。
そこに立っていたのは、高杉だった。
「し、伸介……」
途切れたまた子の言葉をそのままに、ゆっくり、ゆっくりと高杉はまた子の元へと歩いてくる。お妙とミツバは、やんわりとまた子の背に手をあてた。
「え……嘘……」
信じられない。そんな思いを含めたまた子の瞳は、ゆらゆらと揺れている。
高杉が、自分を追って来てくれた……。

目の前に、ピタリと高杉は止まった。
その瞳は、まっすぐに自分を見つめる……。


「――――――悪かった」
「……え?」
高杉は、一度口にしたまま、動かなかった。
ただまっすぐに、また子を見つめつづけた。でも、少し間をおいて、もう一度、口をひらいた。

「不安にさせちまって、悪かった」
瞬きをするまた子は、あまりの驚きに、言葉を失っていた。
でも…………。


「ふっ……ふぅ――――――――」
堪えきれないその思いが、一気に溢れた。

ポタポタ、ポタポタ……。

また子の頬に、涙が伝う。
息を吸い込む、めいっぱい……。流れ出てくる涙にこらえきれなくて、ゆっくりと、瞼を閉じた。
俯くまた子の頭を、やんわりと、高杉は抱いた。

言葉が出てこない……。

ぎゅっと、でも優しく込められた力。
また子の頭の上から、高杉の声がかかる。
「俺は……俺には、お前だけだ」
くしゃっと、高杉のシャツを握りしめる。その手を、ゆっくりと、背にまわした。
トクン、トクン、トクン、トクン……。
高杉の心臓の音が、また子の鼓膜に、ゆっくりと、優しく、囁きつづける。
包み込んでいるその腕が愛おしくて、涙が止まらない。

愛しくて、愛しくて、たまらなくて。
鼻腔をくすぐるのは、愛した男のもの。それは、暖かくて、切なくて。
「し、伸介……っ」
思いが溢れて言葉にならない。
伝えたい。そう願うのに……。

トンッ。
くっついている、また子のその体から、高杉の体に、感じた事のない感触が与えられた。
高杉は、言葉をなくしている。やんわりと、また子の肩へと手をかけ……。
その目の前、また子がふわりと微笑んだ。

(何だ……今のはいってえ……)
高杉の言いたい事が、さも分かっているかの様に、また子は口を開いた。
「たいどう……ッスよ」
「たい……?」
言いかけながら、高杉はまた子の口から出た言葉の意味を理解した様だった。
あの高杉の瞳が、大きく開いた。
また子は、泣いているのにも関わらず、嬉しいと、ゆっくりと、頷いた。

「マジ……か……」

うん、うん……。
また子は、ゆっくりと頷く。嬉しくて、また、涙が溢れた。
ゆっくりと、高杉は、また子の頭を抱きかかえる。
その手が、ぎゅっと、体を包みこんだ。

「――――――赤ちゃんが、生きている、証拠っス」
泣きながらも穏やかな笑みをつくるまた子は、とても大人びていて、綺麗だった。
「そうか……」
普段とは違った、穏やかな高杉の声。

「そうっス」

また子の言葉を聞いた高杉は、自身の中に、言い表す事が出来ない、感情がうまれたのが分かった。
その思いは、また子の事を、特別に思っている証拠、そして二人の関係を、いい意味で、壊してしまいたい、そんな思いだった……。

「俺と……」
高杉から、ほんの微か漏れた台詞に、また子は、静かに息を飲み込んだ――――――。





・・・・To Be Continued・・・・・


 




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