act 46

神楽と沖田が仲直りした事、それは翌日には皆に明らかになっていた。
とは言うものの、別に高杉が皆に言いふらしたわけではない。そんな男でもない。全ては出勤してきた沖田の表情を見れば分かるものだった。

察しがつくと同時、神楽が哀れにも見えた。

仕事の途中から連絡が取れなくなったと思えば、上機嫌で出勤する沖田。
神楽は来てない。

しかし沖田の表情が曇ることは一切無かった。それは今しがたまで、彼が彼女を離さなかったであろうという事。

お妙やまた子達は、苦笑しながらもホッと胸を撫でおろした。

                                                                                                      
けれど安心してばかりもいられない。
なんと言っても神楽は身重の身。感情に任せて、彼が無理をさせていないとは思うが、それも絶対ではない。
なぜなら、彼にしては、長く遠い禁欲生活だったのだから。一度箍がはずれた本能は、そう簡単に理性に従うとは、考えられない。

また子は、お妙はミツバと一緒に、休憩室で、神楽の携帯へコールした。

すると、四度目あたりで、今起きたであろう神楽のくもった返事が帰ってきた。
「神楽ちゃん……? あの……大丈夫ッスか?」
また子の声と質問で、意識を完全に覚醒させた神楽は、意図を汲み取り、しどろもどろになる。
「あ……えっと……うん。大丈夫……アル」
なにが大丈夫なものか。あの男、やはり本能には勝てなかったのだろう。
沖田の後頭部を後ろからそくりたくなる気持ちを抑えつつ、三人は目をあわせた。
「あのね、神楽ちゃん。今日、四人で買い物に行こうと思ってたんだけど……」
語尾を濁したお妙の気持ちは、神楽にはやくも伝わった。
「だ、大丈夫アル! 行く! 私も一緒に行きたいアル!」
携帯の向こう側で、神楽が慌てる様が想像でき、お妙は口を挟んだ。
「ちょ……神楽ちゃん。そんなに慌てなくても大丈夫よ。落ち着いて?」
「あ……うん、ごめんアル」
三人は苦笑した。
「その調子じゃ、沖田さんとも仲直りできたのね? コンプレックスも克服できたのかしら?」
頬を染める神楽の表情が、容易に想像できる。
「――――うん。もう大丈夫アル。心配してた私が恥ずかしいアル」
「そう」

なんだかんだ言っても、きっとおそらく沖田は、これ以上ない程に、神楽に優しく触れたに違いない。そして愛したに違いなかった。でなければ、こんなにも神楽の声が、幸せに溢れていない筈だ。

「じゃあ、どうしましょうか。何処で待ち合わせします? どうせ神楽ちゃん家に行っても居ないんでしょ?」
神楽の顔が、わっとなる。
「分かってて言うなんて……姉御ずるいアル……」
拗ねた神楽の声に、お妙はくすくすと笑う。
「じゃあこうしましょう? 前から神楽ちゃんが行ってみたいって言ってたあのお店。あそこで待ち合わせね。時間は一時間後……ううん、神楽ちゃんが焦らないように、一時間半後って言うのは」
「分かったアル、じゃあ一時間半後に」

携帯の終了ボタンを押すと同時、お妙達は顔を見合わせて笑った。

休憩所から出てくると、まだ会社に居る男達の声がかかった。
「どこかへ出かけるのか?」
土方はそうミツバに問いかけた。
会社を手伝ってもらってはいるが、大きなお腹をしている女に無理強いをさせようとは、思わない。
何処かへいくのであれば、それはそれでいい。行き先さえ言ってくれるのならば。

「買い物に行こうと思ってるんです」
土方に向って、ミツバをは嬉しそうに微笑んだ。
「そうか」
言った後、土方はふと考えた。
ミツバには遠慮してしまうと言う、厄介な癖がある。
「ミツバ」
土方は、自身の内胸ポケットから財布を取り出すと、ミツバに差し出した。
「持ってけ」
「え……でも十四朗さん……」
「いいから。好きなものでも何でも買ってこい。持てる範囲内でな」
ミツバは初め呆気に取られていたが、まもなく笑顔を見せた。
「――――はい」

分からなければどうする事も出来ないが、一度知ってしまえば、フォローの上手い土方は、完璧だった。

「いいなァ。ずるいっス! 超羨ましいッス。私もそんなに優しくされたいなァ……」
これみよがしに言ったのは、また子だった。そしてその視線の先には、高杉が当然いる。しかし彼はといえば、そんな事を全く気にする風はなく、黙々とキーボードを叩きながら、作業を進めている。
また子は口を尖らせた。
神楽を大事にする沖田。ミツバを大事にする土方。お妙を溺愛する近藤。
下唇を噛むと、そんな彼の態度が虚しく、寂しかった。

高杉はまた子の方を振り向きもしない。

お金が欲しい訳じゃない。手に持ちきれない程の買い物をしたい訳でもない。
なのに、些細な高杉の態度は、頻繁に自分を不安にさせる。
別に自分が愛されてないなんて思っちゃいない。ただ、愛されてると思うのも束の間、彼の冷ややかな態度に、いつだって自分はヤキモキしている。

情けない。

もっと強くでたっていいじゃないか。まるで高杉の機嫌を伺うような態度を見せた自分が酷く滑稽に見えた。
甘えたければ甘えればいい。自分の財布の中身が心細ければ、面と向って高杉に言えばいい。

なのに言えない。


「――――っさ。皆行くッス」
また子はお妙の手を強引に取ると、逃げるように出口へと向う。そのまた子の背中に高杉の声がかけられる事は……ない。

「オイ、送ってくから――――」
何も心配なのは、ミツバだけではない土方はまた子の腕に手をかけた。
その手は、また子自身の手に寄って、振り払われた。
「いいっスよ。――――仕事の邪魔しちゃいけないし……別にタクシーでも何でも呼べるし……」
また子の背中は震えていた。
気付いたのは土方だけではない。沖田はつかつかと、また子に近づくと、強引に振り向かせようとした。
「嫌!」
パシンと言う、手と手がぶつかった音。また子の声は、先ほどより濡れている。
「またちゃ――――」
お妙は、掴まれている手の反対の手でまた子に触れようとした。けれどそれより早くまた子は歩きだしてしまう。

くんと引っ張られたお妙に続くように、ミツバは追う。
立ち尽くしたのは土方だ。
タクシーも呼ばず、また子達の背中はどんどんと遠くなっていく。あんな体で、何処まで歩くつもりなのか?
思う気持ちとは裏腹に、足が動かない。
それは、自分にはまた子を力づくで振り向かせる事が出来ないと思う気持ちが強かった為だった。







神楽はこんな時、どうするのだろう? ミツバと土方のやり取りを見た神楽だったら?
きっと沖田を見る、たったそれだけでいい筈だ。そうすればきっと、沖田は気付く。それは何故? 沖田が神楽を見ているからだった。どんな時でも、頭の隅に、必ず神楽の存在を置いてある。だから神楽はそれだけでいい。もし気付かなくても、神楽だったら、つかつかと沖田に側に行き、手を差し出すだろう。――――さも当然の様に。

そんな神楽を、きっと沖田は笑うはず。そして仕方がないといいながらも、きっと結果は同じ。

土方みたいに、さりげない優しさが欲しい?
沖田の様な、意地悪ながらも甘い優しさが欲しい?
近藤のように、真っ直ぐな優しさが欲しい?

違う。

高杉ならの優しさが欲しい。
けれど彼は、分かりにくい。

時々――――どうしていいのか、どうしたいのか、全然分からなくなる――――。




残された男達は、ある場所へと視線を集める。

やっと仕事が区切る事が出来たのか、胸ポケットからタバコを取り出しては火をつけた男に……。


・・・・To Be Continued・・・・・
 


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