act 45

時間にして、ただ今、午後二時。
雨宿りをしている屋根の向こう側では、しとしとと雨が降っている。
近藤に使いを頼まれたが、帰り道で雨に遭遇してしまい、神楽は屋根のあるビルにひとまず入り込んだ。

「困ったアル……」
財布の中身は、限りなくゼロに近かった。
それもこれも、近頃まともに沖田と話していない所為で、自分の食費や生活費を、自分で出していたからだった。
それでも沖田のおかげで通帳の中には貯金が少しはある。けれど今なければ、バスで帰る事もできない上に、タクシーを使っても、結局事務所に誰も居なかった場合、困るのは自分だ。

だったら、誰かを呼べばいい。
しかしそれも叶わなかった。どうやらおっちょこちょいの自分は携帯を事務所に忘れてきたらしい。

「ついてないアル……」
出てくるのはため息ばかり。
もうどうせなら、このまま雨に濡れて帰ろうか……?
思ってはみたが、お腹の中の赤ちゃんの事を考えると、濡れる気にはなれなかった。

神楽は立って、雨が止むのを待った。
しかし雨あしは、止むどころかどんどんと強くなってきている。
ばちばちと言う雨が、地面に跳ね返っては神楽の靴をぬらす。
おまけに立ちっぱなしで、ほんのちょっとお腹まで痛くなってきてしまった。

神楽は俯いたまま、何かを考えているようだった。
そのすぐ後、神楽は自分の財布をポケットから出した。
そこから10円を三枚ほど取り出した。

そしてキョロキョロと何かを探し始めると、少し離れたところに、電話BOXがあるのを見つけた。
神楽は雨あしが強いその中を、歩きはじめた。本当は走ろうかと思ったけれど、距離もそこまで遠くない上、転んでは危ないという思いが神楽をそうさせた。

神楽の体がひと通り濡れた頃、神楽は電話BOXの中に入り込んだ。
そして10円だまを一枚入れた。
ぽち、ぽち、と押すのは沖田の番号。久し振りに押す番号にちょっと指が震える。
コール音がすると、神楽の心臓はもっと跳ね上がっていった。

「――――もしもし?」
出た――……。

「あの……沖田……?」
「神楽? お前今ドコに居んでェ」
「あの…………。――――の電話BOXの中に―――――」
神楽の言葉の途中で電話が切れてしまった。
手の中にあるのは二十円玉。

(切れちゃったアル……)
神楽はため息をまたついた。
伝わっただろうか? やはりもう一度電話しなおした方がいいだろうか?
やはり、もう一度電話をかけなおしたほうがいい。

そう思って神楽は十円玉を、今度は二枚チャリンと入れた。そして番号を押し始めた。
「――――沖田」
手をとめた神楽の視線の先、電話BOXの目の前、丁度出先からの帰りだった沖田の車が止まった。
神楽が突っ立っているその前で、沖田は車から降り、傘を後部座席から取りだし、広げた。
そして電話BOXのドアを開けた。

「ずぶ濡れじゃねえか」
傘を差し出す沖田にドキドキとしながらも、神楽は無言で傘の中へと入った。



車内は沖田好みの音楽が、控えめながらも流れている。
その音に混じりあう雨音だけが、二人の間に流れていた。
「――――寒くねえか?」
「あ……うん。大丈夫アル」
沖田は神楽の返答がどうであれ、暖房を強くさせた。

この雰囲気に、神楽は思わず喉を鳴らした。
バレない様に、横目でちらりと見る沖田の顔は相変わらず格好いい。
横顔を見るだけでドキドキとする。
その後、自分のお腹を見下ろした。妊娠している人を見ては、羨ましいと思った事は何度だってある。
沖田の子が欲しい。そう思ったからこそ、お腹の中に赤ちゃんが出来た。なのに頭の中では、あの旅館での一件が忘れられない自分が嫌だった。

外から見るお腹は愛らしいかもしれない。
けれど蓋をあけてみれば、張った皮膚が、ヘソが鏡に映っている。
沖田は綺麗じゃない自分の事を、飽きてしまうかもしれない……。

神楽は膝の上で手を握り締めた。

ぽろっと涙が落ちた。
落ちた事に驚いた神楽は、慌てて涙を拭った。それでも涙だ詰まった鼻で呼吸すると、沖田にその状態を知らせてしまった。

パニックになりつつあった神楽を傍目に、きゅっと車がとまった。
沖田の手が伸びてきたのが神楽の視界に入った。体をきゅっと小さくさせると、さっき神楽が拭った跡を、沖田はもう一度なぞった。
「神楽」
神楽の視線は、自分の方を向いている沖田の胸元までしか上げられない。
その神楽に沖田の腕が回された。ふわりと舞った沖田の匂いが神楽を包む。

「俺の見えねえ所で泣くな。不安になるな」
沖田の台詞に、驚いた神楽は、気持ちをそのまま口に出してしまった。
「だって……今の私、ちっとも綺麗じゃないもの……」
悩んでいた事を口にし、ちょっと声が震えた。
「綺麗だろ?」
「綺麗じゃないアル……綺麗じゃないから……きっとお前……」
旅館のスタッフの言葉を思い出した。
綺麗な女性が一糸纏わぬ姿で沖田と居た。浮気に結びつかなかったかもしれないけれど、もしかすれば、男だからぐらっと気持ちが揺らいだかもしれない。
泣くまいとするたび、我慢しようとするたび、気持ちはどんどんと高ぶり、涙を浮かばせてしまう。

神楽が震えているのが沖田にも伝わった。
神楽が自分の体に悩んでいるのは分かったが、その根源たるものを沖田は知らない。ゆえに神楽の言葉の真意が分からなかった。
「俺はお前しか見えてねえ」
「見えてなくても、揺らいだりはした筈ヨ」

(揺らいだ? 一体何の事でェ)
沖田は神楽の体を引き剥がすと、真正面から神楽を見た。神楽は肩をすぼませ、やはり沖田を見ようとはしない。
沖田は少々乱暴に神楽の顔をあげた。
「いつ俺が揺らいだってんでィ」
「揺らいだかもしれないアル! 美人が目の前に居たら!」
「容姿のいい女にフラフラついていく様な男に見えるのか?」
「だって裸だもの! 沖田だって! きっと! きっとっ……」

そこまで神楽が言った事で、やっと沖田はピンと来たらしい。
「まだ引きずってやがったのか――――」
思いもよらなかった神楽の本音に、沖田はやや唖然となった。

妊娠している所為で、情緒不安定な神楽は、出てくる涙を必死に沖田に見せまいと両手で拭ってはの繰り返しをしている。
「あれは……つーか、全然……」
気にも留めなかったことで、余計言葉がどもった。

痩せたい、なんて口が裂けても言うもんじゃない。
分かってるからこそ、神楽の気持ちは自分でも分からなくなっていた。
神楽は誤解している。それも完全に。沖田の中ではとっくに忘れて、跡形もなく消え去った事であっても、現にこうして神楽は思い悩んでいる事は間違いなかった。
けれど一から順に説明する気にもなれなかった。女の体に触れたのは事実だったし、正直あの女の顔を思い出すだけでも胸くそ悪くなる思い出だった。

沖田は神楽から手を離し、車を走らせた。いきなり走り出し無言の沖田に、神楽はもうどうすればいいか分からなくなった。しかしすぐに沖田はある場所へと車を止めた。この様な場所を、神楽は以前に何度も使っていた。
「沖田……」
神楽の言葉を残したまま、沖田は運転席から降り、そのまま助手席を開けた。
「え……わっ――――」
神楽を抱き上げた沖田は、仕事中であるにも関わらず、そのホテルへと入っていった。

ガチャリと重くドアが閉まる音が聞こえた時には、神楽はベットの上だった。何をするのか、馬鹿な神楽でも分かる。神楽は沖田から逃げるようにベットから降りようとした。それを容易に沖田は止めた。そのまま神楽の服に、やんわりと手をかけた。
「待って……駄目アル……」
「駄目じゃねえ」
「駄目アル!」
神楽に拒否された沖田は、今度は神楽の唇に吸い付いた。まもなく漏れた神楽の息に、沖田は体が熱くなるのを感じた。

唇を塞がれた神楽は、沖田と自分の体の間に手をやり、必死で離そうとする。それごと巻き込んだ沖田は、力強く神楽を抱き締めた。その間も、唇は離されていない。
神楽の思いと裏腹に、体は正直に沖田を受け入れたいと甘く疼く。
しかし脳裏にまた浮かんだ思いに、神楽は沖田を突き放す格好をした。
「駄目! 駄目アル!」
離れた沖田の息は荒い。
「どうしたらオメーは信じてくれんでェ! どうやったらオメーの不安を拭う事ができるんでさァ!」
「ど……どうやったらって……」
「何度も言ってるだろィ。俺はオメーにしか欲情しねえ。あんなクソ女なんざ知ったこっちゃねーんだよ! オメーが考える程にも値しねえ。あんな女の事でいちいち不安がるんじゃねえ!」
「だ、だって! お前だって男だもの! スタイルのいい女が側にいたらグラっとする事だってあるかもしれないアル! ってか絶対したアル!」
向きあった形となった神楽と沖田は、お互いの感情が爆発してしまった。
「微塵もしてねえ。ありゃあのクソ女が俺にひっついて来ただけでェ!」
「ひ、ひっつ?! やっぱりそう言う事になったアル!」
「だからそれはちげえって何度も――――っ」
堂々巡りの言い合いに沖田はついイライラとしはじめた自分をおさめるように、息をついた。

「俺はお前以外の女が何人、素っ裸で出てこようが誘惑しようが、全く興味がねえ! 何でか分かるか?! そりゃオメーに惚れてっからだろィ?! オメーの腹がどんだけせり出てこようが、どんだけみっともなかろうが、関係ねえんだよ!」
驚きに駆られた神楽は、両目を見開いたまま、真っ直ぐに沖田を見ている。
沖田はそっと神楽の頬に手をやり口を落とす。そして改めて抱き締めた。

「マジで勘弁してくれ。お前に触れたくて、抱きたくておかしくなりそうなんでェ」
温かいぬくもりと一緒に落ちてくる言葉は、神楽の気持ちをまるごと包み込んでいく。
「幻滅なんて――――」
「するわけねえ。つーか拒否るとかマジ勘弁してくだせェ。狂っちまわァ」
「――――そんなに、私とシたいアルか?」
ぼそりと落ちた神楽の言葉に、沖田の火は完全にともされた。
強引とも呼べるほどの速さで神楽の服の中に手を滑り込ませ、下着のホックをパチンと外す。開いた下着と膨らみの合間にするりと指先を忍ばせると、やんわりと掴んだ。

そのまま、神楽を押し倒す。
神楽が見上げるそこには、沖田の顔があった。
「火をつけたのはオメーだからな。責任はキッチリととってもらいまさァ」
いつもの意地悪く、そして企むような表情をすると、顔を傾けた。
ドキドキと胸の高鳴りが止むどころか、加速していくその合間、神楽は嬉しくて、ほんの少し笑い、流れに身をまかせるように、沖田の首に手をまわした。


・・・・To Be Continued・・・・・



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