act 26

自室に戻った神楽は、ふと、思い出したように、自身の唇に触れた。
(ここに……、沖田の唇が触れたアルか……?)
ひとさし指に触れるそれは、柔らかく、温かい。けれどそれは、沖田がもたらした物とは、また違ったものだった。
あれは……甘くて、優しくて、触れれば触れるほど、我慢が出来なくなる様な……。

思い出した様に、神楽は顔を淡く火照らす。その横から、さもからかってやらんとばかりに、声がかけられた。

「あれ〜、神楽ちゃん、顔が赤くなってるッスよ〜」
また子の顔は、酷く楽しそうで、それは高杉に少し似ている。
「んなぁ! そそそんな事ないアルっ」
「またまた〜、そんな事言っちゃってえ! ほら、何があったンすかァ?」
楽しくて仕方がない……そう、また子の顔にかいてある。そんな二人の話を聞いたお妙が、なにやら面白そうだと、そこに会話をつっこんだ。
「あら、本当だわ、神楽ちゃん。一体なにがあったのかしら?」
慌てる神楽をよそに、ミツバまで加わった。
思わず神楽は顔を両手で覆う。この三人にかかっては、秘密も何もない。何もかも、簡単に引き剥がされてしまう。
それは意図も簡単に……。
だから神楽は、恥ずかしそうに言葉を濁していたが、観念した様に口を開いたのだった。


「こここ告白……しちゃったアル……」
神楽の言葉に、お妙達は、待ってましたとばかりに噛み付いた。
「とうとう、言っちゃったのね?」
「言っちゃったっスか?」
二人の台詞に、見る見る間に頬を染めた神楽は、ほんの微かな声で、更につぶやいた。

「いい……言っちゃったアル……あと……」 
聞こえるか、聞こえないか、そんなもどかしさを含めた声で神楽から漏れた声に、お妙とまた子はわっと表情を明るくさせた。
「神楽ちゃん! やったじゃないっ」
「凄いじゃないッスかっ」
お妙とまた子の言葉に、神楽は恥ずかしそうに俯いた。
ちらりとミツバの方を見てみると、その表情だけで、喜んでいると神楽にも伝わった。恥ずかしさにまみれた神楽は、ふたたび俯いてしまう。



(言ってしまったアル――――)
別に秘密にする様な事でもない。でも、恥ずかしさはどんどんと溢れてしまって。
手をもじもじとさせる神楽に、更にお妙達はつっこんだ。
「で? どうだったの?」
お妙は、もう楽しくて仕方がないという感じで……、それに加わりまた子がはやしたて。
「どんな感触、だったんすか? 気持ちよかったッスかァ?」
「どどどんな感触って……ま、また子ってばいやらしいアル」
神楽は頬を真っ赤に染めあげ、そう口を開いた。そんな神楽をからうのが、また子は大好きで……。
「んもぉ〜。いいからいいから早くっ! もったいぶらないで、さっさと言っちゃっていいからァ」
やっぱり、言うんじゃなかったと神楽は思いながらも、口に出したのは、聞いて欲しい……。
そんな気持ちがあるからだった。

「や、柔らかくて……凄く優しかったアル」
わぁっ、と神楽は両手で顔を覆ってしまった。沖田と自分の中だけでの、淡く甘い秘密にしておきたい。
そんな思いもあったはずなのに、なぜか口から出てきてしまったのは、それだけ幸せだったからだった。

神楽の言葉を聞いた、お妙達は、顔を見合わせ微笑む。
どんな思いで、神楽が沖田の事を思っていたか、自分達は一番近くで見てきて知っている。
やきもちを妬いてしまったり、自分がもどかしくて泣いてしまったり……。そんな神楽の思いが、やっと彼に通じたのだ。嬉しくないわけがなかった。

「よかったわね、神楽ちゃん」
ふわりと包み込む様な、お妙の笑顔。
「本当、良かったわ」
ミツバの儚い声が神楽にふわりとかかる。いつだって自分は、この三人に支えられている。
茶化されたり、からかわれたりする事もあるけれど、どんな時も側で、支えてくれる。そんな彼女達が、大好きで。

「ありがとう……。皆、大好きアル」
まっ……。
お妙達は顔を見合わせ、少し照れた様にはにかんだ。

さほど広くもないその一室では、明るい笑い声が響いている。それはとても楽しそうで、温かかった。

そこから、離れた場所で一室、その部屋は、男の熱気に溢れている様に見えた。
平たい台の上に置かれた、何枚かのうちわを、かくじ右手に持って仰ぐ。
「あちィ〜、あちィでさァ、土方コノヤロー。下の階に下りて、カキ氷の一つでも作ってきやがれコノヤロー」
部屋の中には、ちゃんと冷房が効いてある。それは確かなはずなのに、どうしてか男が集まると、その気温は上がっていっている様にみえた。

そんな中での、男の台詞に、別の男の台詞が絡みついた。
「うるせー沖田。しゃべるな、口を開くんじゃねえ、それだけで熱気が増す気がすらァ」
絡む暑さにイライラとしている高杉の言葉に、沖田は、分かりやすく噛み付いた。
「あ〜? 何だとコノヤロー。テメーは一人で海水にでも浸かってろィ」
ひくりと口元をあげた高杉が、台の上に手をつき、立ち上がろうとする。それを近藤が、まあまあと宥めた。土方はといえば、もとよりこの状況をどうにかしようと言うつもりはないようで、どうぞ勝手にやってくれと言わんばかりに手をひらひらと二人にさせた。

沖田はと言えば、まだ文句が足りないようで、言葉を足していく。
「だいたい、何で俺がオメーらと一緒の部屋なんでィ」
「そりゃ俺の台詞だ」
けっ、と土方は言葉を返す。
まったくもって、この男達は、仲がいいのか悪いのか分からない。
彼女である、神楽達は、あんなにも仲がいいのに……。

そんな彼ら達に、一本のコール音が聞こえてきた。
この音は……、沖田の携帯電話、しかも神楽専用だった。
尻にあるポケットから、沖田は皆の視線が集まる中、自身の携帯を取り出した。

一瞬、ためらう様なしぐさを見せた。
なんせ神楽とは、つい先ほど、周りがみれば、羨むほどの甘い時間を過ごしてきたのだ。その思いを沖田は、今もまだはっきりと覚えている。

自身の唇に触れた、あの淡く蕩けそうな感触も……。恥じらいを含んだその瞳も……隠しておきたい、誰にも晒されたくないとおもったその声も。全部まだ頭の中に、ありありと残っている。
けれど周りを見てみれば、早く出てみろよと言う顔が、揃いもそろって並んでいて……。沖田は仕方なく、その携帯に触れた。

「沖田さぁ〜〜ん!」
甲高いこの声、このテンションは――――。
想像がついた沖田が口にするより早く、その携帯の向こう側から、慌てふためく、もう一つの声が聞こえてきた。
「なななな何してるアルっ!。 か、返すネ!」
「い〜や〜で〜す〜」
沖田は、携帯を遠く耳から離している。なのにも関わらず、その声は、ありありと外まで漏れていた。
「ななななんでもないアルっ! はは早く携帯を返すネっ」

どうせ神楽が口でも滑らせたのだろう。沖田は考えながらも、早くも頭が痛くなってきてしまう。
携帯のその向こう側、安易にその様子が、手に取る様に分かった。なんせ、その声の中には、しっかりとお妙の声、そしてミツバの声も含まれていたのだから。

「オイ」
冷ややかな沖田の言葉が、携帯を通じて、その向こう側へと届く。
ひくりと、喉を鳴らした神楽の声が、沖田の耳に届いた。

「は、はい……アル」
神楽の元へも、その沖田の表情は届いているのだろう。
その小さな口から漏れる声は、しどろもどろになっていて……。
何か口に出そうかとは思ったけれど、その言葉は上手く沖田の口から出てきてくれなかった。
それは、神楽にとっても、思わず口を滑らせてしまうほど、嬉しい出来事だったのかと、思わずにいられなかったからだった。

とは言えど、何か口にしなきゃいけないと言う気持ちもある訳で……。

周りをかこむ視線は、今もまだ沖田を挟んだまま。

「――――仕置きはいってえ、何にしやしょう? なァ、神楽さんよォ?」
息を吸い込む神楽の様子が、手に握られているほんの小さな物から、伝わってきた。
想像通りの神楽の態度がおかしくて、思わず沖田は笑みを見せる。

数ある仕置きの中から、一体どれを、どう選んでも、それは二人にとって、甘くなる事は、沖田が何を言わずとも分かりきった事だった。
手から伝わるその向こう側、神楽は一体どんな表情をさせているのだろう。
きっと、今しがた放たれた自身の言葉に、簡単に翻弄されているに違いないだろうと、沖田は思った。

それを、愛しい、そう思う自分がいて……。

ただ、それを今この場で、晒すつもりはなかった。
あくまで、自身の淡い感情は、神楽だけのものだと沖田は思っている。
だからいつもの様に、皮肉いっぱいに口を開いた。

「楽しみに待ってまさァ」

沖田の言葉に、はわわと、動揺する神楽の表情が、そのむこう側から伝わった。


……To Be Continued…
 
拍手♪

作品TOP







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -