act 25

弱虫 弱虫 弱虫!!
堰をきった気持ちの中から、神楽の思いが溢れる。

逃げる自分が情けなくて堪らない。
弱虫な自分が歯がゆくてしょうがない。

走り振動する体とともに、頬の涙が何度も形を変えた。
嗚咽とともに吐き出される息は、あっと言う間に神楽の息を切らしてしまう。

思わず咽せた神楽は、足を止めた。
ドッドッドッド…………。

心臓の音が鼓膜を刺激する。
思わずグッと心臓を服の上から鷲掴みしながら、目をぎゅっとさせると、また涙が体の中から押し出され外へと零れた。

あの場所から一直線へと外へ出た神楽だったが、すぐ後方からの足音を確認すると、考える間もなく、再び走り出した。

「チャイナ!!!」

後方から叫ばれた自分の呼び名に、分かっていたけれど、心臓が跳ねた。
けれど神楽が振り向く事はなく、そのまま走り続けた。

館内から遠ざかるたび、まだ敷地内ではあるけれど光が失われて行った。
けれど沖田の足は、神楽を見失わなかった。
的確に神楽の後をなぞる様に、距離を縮めていった。

「待てっつってんだろィ!!!」

張った声とほぼ同時に、沖田の手は神楽を掴んだ。
全力疾走の直後、沖田の息は暗闇の中で荒く響く。
その掴まれた手の先、沖田と同じ様に神楽の息も上がっていた。そして震えていた。
しばらく溜めたと思えば、大きく引きこむ様にする息は、神楽の状態を、沖田へと伝わせた。

「――――悪かった」

どう考えても、沖田の所為ではないのは、神楽も気付いている。
けれど沖田は謝った。
少し前まで、何かあれば毒づき、暴言を吐き、女だと思えない程の怪力で自分を殴り、蹴り……。

そんな神楽を異性として意識し、恋愛感情まで持ち始めて……。

今沖田の目の前にいる神楽は、そんな頃の神楽とは、明らかに違っていた。
どんな理由だっていい。誰が原因だって関係ない。
ただ沖田は、神楽の涙を止めたかった。

雲に隠れていた三日月が、神楽の姿を照らす。
蹴って、殴って、毒づいて……。
そんな神楽、何処にだっていやしなかった。

沖田の目の前で、必死に顔を下へと逸らし、口元を隠し、その小さな体を震わせ嗚咽を抑えている。

ゾクリと沖田の背に汗が伝った。
喉元が、大きく鳴る……。

「俺……お前の事――――」
「――っ何でアル……」

滑りでた沖田の言葉。その言葉を途中で切った神楽の声に、沖田は息を吸い込んだ。

「――っ考えちゃいけないって……ちゃんと分かってるのに……何で……何でお前の事ばっかり……こんな弱虫な私……」
小さな手は、自らの力で、きゅっと握られている。

本当に、いつからだったか……。
こんなに深みにはまって、出られなくなるなんて、考えもしなかった。
いつもの様にする喧嘩に恥じらいをもちだして、ハイエナのように集る視線の中に、混じりたくないと思いながらも、いつの間にかグルグルと混じって横顔を観察しだしたのは……。

嬉しい時も、悲しい時も、いつも決まって自分の気持ちの中に存在する男の事を、好きだと思い出したのは……。








「――――すき」
ぽろりと出た言葉。
もう、止まらなかった。

「すき……好きィ……。――っお前がっ…………沖田が好きアルっ」
斜め下、見開いたその視線の下では、顔をくしゃくしゃにしながら、好きがまだいい足りないとでも言う様に、泣きじゃくっている神楽の姿。

何度だって、思った。
何度だって、伝えたいって、思った。

堰をきった思いは、神楽の外へと押し出される涙に変わり、流れていく。

しばらく声を失っていた沖田の様子に、神楽は泣きながら口をきゅっと噤ませた。
けれどその直後だった。

沖田は神楽の頭を巻き込むように包み込み、自分の方へと寄せた。
寄せた後、ゆっくりと力は込められた。

まだ止まってない涙をそのままに、神楽は目を見開き、強く握り締めていた拳をだらりとさせた。

沖田は言葉を発しようとした。
けれど、出てはこなかった。

自身から思いを伝えようとしたあのデパートの屋上での出来事。
伝わらなかった思いが、今ちゃんと神楽へと届き、神楽の口から、確信的な言葉でそれは決定的となって……。

思いが堰をきって溢れていくのは、沖田の方にも言える事だった。
その思いが強すぎるゆえにその思いは声にならない形として、現れたのだった。

放心状態の神楽だったが、自分を抱き締めているのが、沖田だと改めて確認すると、もう一度、スンと鼻をならし、おずおずと沖田の背へと手を回した。

「――――すき……。――――すき……」
神楽は静かに目を閉じると、愛しそうにその言葉を何度となく繰り返した。
言葉にしようとして、ためらってきた分、それを取り戻すかの様に、神楽は沖田の腕の中で、囁くようにその言葉を繰り返した。

沖田はたまらないとでも言う様に、下唇を噛み、神楽の体をもっと、もっと強く抱き締めた。

言わなくたって、分かる。
きっと、きっと、沖田だって、自分と同じ気持ちのはず……。

くっ付けてる耳に、内側から早い鼓動で叫んでるように聞こえてくるこの音は、沖田が何を言わずとも神楽にそれを伝えていた。




しかしどうこうは言っても、やはり沖田の口から、ちゃんと聞きたいと思うのも、また乙女心ゆえだった。

だからと言って聞けるはずもなく……。
神楽は、沖田の背へとまわしていた手をそっと離し、沖田の袖を掴んだ。
そして、軽く、何度となく、ひっぱった。
早く、聞かせて。
そう言う様に。


恥ずかしくないわけじゃない。
今この瞬間にだって、死ねそうな程、狂いそうな程、恥ずかしい。
けれどそうまでしても、やっぱり知りたかった。確定的な言葉を。沖田自身の口から……。







「――――好きだ」


何度となく引っ張っていた神楽の手がピタリととまったと同時、神楽の瞳は大きく見開かれた。

控えめだけれど、聞こえたのは、間違いなく沖田の声、言葉だった。

(もう一度……もういっかい、聞きたいアル……)
思った時には、もう一度、沖田の袖の裾を握りしめ、ツンツンと引いていた。

「チャイナが好きだ」
ゾクリと背筋が震えた。
また涙が出そうなのを必死で堪えながら、神楽はまだだと首をふった。
そして、もう一度、裾を引いた。



しばらく、沈黙が続いた。

くっついている体の右側と左側で、早い振動と、低い音が重なっていく……。

「ずっと前から……俺はオメーに――――神楽に惚れてたんでェ」
息を吸い込んだ神楽は、沖田の腕の中から、勢いよく顔を出した。
その瞳は、驚きと、嬉しさが入り混じっていた。



「今……私の名前……呼んでくれた……アルか?」

月の光は、二人を照らした。
シンとしたその中で、ちょっと震えた神楽の声が響いた。

沖田が喉を鳴らすのが、ありありと神楽に伝わった。

「――あぁ」
いっしゅん、また神楽の表情はくしゃりとなった。
けれどすぐに唇を噛んでそれを堪えた。飲み込んだ涙は、神楽の体を感動で包み、奮わせた。

「――嬉しいっ……だってほんとに……」

月に背を向けている沖田は、神楽にほんの少ししかその表情を伝える事ができなかったけれど、神楽の表情は、その全てを月に照らされながら、沖田へと届いた。

紅潮した頬も、濡れたまま残っているその涙も、真新しく内側から滲みでてきたその涙も、キラキラと夜の中、月明かりで照らされた。

沖田はその涙を、人差し指で拭う。
その手は、あまりにも優しかった。

そっと目尻に落とされたのは、沖田の唇。

嬉しくて、まつ毛に涙がまた滲んだけれど、それさえも沖田の唇は取り上げた。
離された温度のすぐあと、神楽はそっと瞳をあけた。
まっすぐに見つめるのは沖田の顔。



別に計算されたわけでもない。
駆け引きでもない。
ただ、ただ、自然に、それは重なった。
あの時みたく、偶然なんかじゃなく、お互いが望み、お互いに求めて、それを重ねた。

触れるだけの、優しくて、あったかいその感触――――。


「――――すき。沖田がすき」
神楽の口は止まらない。
沖田の口は、それに応える言葉を出すことはなかったけれど、その神楽の唇から、囁かれる言葉の分だけ、何度となく、重ねた。

それを止めないでと言うように、神楽は言い続ける。

今までいえなかった分、沖田へと届けて欲しい……そう沢山のすきを……。







_……To Be Continued…
 
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