act 24 沖田の腕の中から、神楽の嗚咽が漏れて聞こえていた。
必死に堪えようとしているのか、切羽つまった様な息を飲み込む音が沖田の耳へと届く。

沖田は、一気に息を吐いた。

体の力が一気に抜けたのが、分かった。
けれど、神楽を瞬間抱きこんだあの手だけは、今も変わらず、まだ力が込められたままになっていて、沖田自身、まだ離すつもりも、ゆるめるつもりも無かった。

教室から覗く、好奇な視線は、惜しげもなく、神楽と沖田にむけられている。

沖田は神楽を抱いたまま、ゆっくりと体を起した。
体のあちこちが痛い。
だが前のめりになった神楽を抱き込み、咄嗟の判断で自分の背から床へと叩きつけられたのだから、仕方なかったし、それで神楽が無傷なら、何も言う事はなかった。

神楽の気持ちが、分かってない訳じゃない。
ちゃんと沖田には伝わっていた。
けれど、男だけの中での話の中で、つい理屈抜きの本音が出てしまったのだった。
勿論、初めから、神楽に聞かせるつもりなどなかった。

けれど、今現在神楽の耳に、とうに入ってしまった後だったし、それで泣いているのは確かに自分の所為だったので、沖田は頭を掻いた。
ちらりと教室の方を見てみれば、また子やミツバ達の背が見えた。
どうやら危機感を募らせているのは自分だけではないらしい。

神楽の安心を確認した彼女達は、怒りをふつふつと募らせ、彼の元から飛び出してしまった。

当然、追いかける彼らの背が沖田には確認できた。

他人事のようにそちらを見ていた沖田だったが、かけるべき言葉は、ちゃんと分かっている。


「悪かった……。別に俺ァそう言う意味で言ったんじゃ……」

ストレートに出てきた謝罪の後に、みっともく言い訳がついてきた。
そして、聞いているか、聞いていないか分からないが、神楽は沈黙を決め込みながら、鼻をならすだけだった。
「オメーを傷つけ様として言った訳じゃねー」

言ったものの、既に傷つけていたため、この言葉も、ただの言い訳にしかならなかった。
神楽の涙は、ようやくとまったけれど、やはり沖田の目を見ようととはせず、俯いたままだった。
いっそ、前の様に蹴り飛ばしたり、殴ってくれた方が、こんな風に泣かれるより、ずっと良い……。

思っている沖田の腕の中で、何も言わず、神楽が動いた。
動く中、一瞬神楽が顔をしかめた。無傷だと思っていたけれど、もしかすれば、何処か打ったのかもしれなかった。
神楽は、体にグッと力を込めると、沖田から離れようとした。
その手を沖田は逃さなかった。
軽く引いただけで、神楽はよろけ、体勢を崩して、沖田の腕の中へと舞い戻った。

しかし神楽は何も言わず、沖田の腕の中からまたもや逃げ出した。
神楽はゆっくりと立ち上がり、沖田に背を向けた。
好奇の視線は神楽へと集中する。

もしかして喧嘩? 女子生徒の声が神楽の耳へと入る。
その声は、嬉しそうにも聞こえる。
(聞こえないふり……聞こえないふりアル……)
神楽はきゅっと唇を噛んだまま、くっと顔をあげ、正面を向いた。


「惚れてんでェ! 仕方ねーだろィ」
張り上げた沖田の声に、その場はシンとなり、神楽の足も止まった。
一気に視線は沖田に集中した。

「テメーを誰の目にも晒したくねェ。ずっと、どっか狭い場所に監禁して俺だけのモノにしときてェ。そう思って何が悪いんでさァ!」
沖田の表情には、からかいの色など、一色だって入っていない。

足を止めていた神楽だったが、ゆっくりと沖田の方を振り返った。
すぐに沖田と目があったが、今度はその視線をそらす事はなかった。
あまりにも、沖田の目が真剣の色を帯びていたから……。

「俺は優しい男なんかじゃねーから、そんな短けースカートなんぞはいて、ちらちらと晒される太股なんぞ見ている野郎なんぞ見たもんなら、全員ぶっ殺したくなんでェ! オメーの周りに野郎どもの死体がゴロゴロ転がってもいいのかよ!」

「よ、よくないアル……」

あまりにも物騒で、理不尽な沖田の言葉なのに、そこにあるのは、自分への気持ちだと伝わった神楽の頬は、可愛らしく染まっている。
それとは反対に、そこら辺に散らばっている野郎どもは、真っ青になって、自分の目を呪った。

この廊下、惜しげもなく叫ばれるのは、どう聞いても沖田から神楽への愛の告白。
嬉しくない訳がない。

沖田はゆっくりと立ち上がり、神楽の元へと足を進め、ピタリと止めた。

「惚れてる。惚れてんでェ。本気で神楽に惚れてる。他の女なんか見えやしねー。オメーだけ側に居れば何もいらねーし、何も欲しくねぇ。そんくれー惚れてる」
神楽は唖然とした。

「オメーはぜんっぜん、分かっちゃいねー」
言うと、沖田は、後一歩分だった神楽との間合いを一気につめ、手を伸ばし、そして引き、抱き締めた。
女子生徒の、甲高い声が、廊下へと響きわたった。

「好きだ。なんべんだって、オメーが泣かねー様、勘違いしねぇ様に言ってやる。俺はオメーが好きだ。好きで、たまらねぇ」
口を情けなくあけっぱなしにしている神楽に、甘く極上な殺し文句が振ってくる。
損も得も関係ない、純粋な言葉が……。

まるで、演出だった。
というか、狙っている様にしか、思えなかった。

沖田総悟と言う男は、人前で手は出すが、こんな風に言葉を出す様な男ではなかったからだった。
思い知らせているかの様だった。
神楽は、自分の女だと、心底惚れて、惚れて、溺れている女だと……。

一歩間違えば、又反感を買ってしまいそうだった。
けれど今の神楽は、あの頃の神楽ではなく、女子生徒を黙らせるほどの容姿にへと変貌していたので、沖田のこの演出は、効果があった。

勿論、流れできてしまった演出だといえど、沖田の気持ちに嘘は、ひとつとしてなかった。
正直、ここまでぶっちゃけるつもりは無かったのだが、神楽への思いが沖田から言葉を吐かせたのだった。

流れていた涙は、頬の上で乾いてしまった。
きっと、いつもより何倍も火照った神楽の温度に、消されてしまったのだろう。
沖田の腕は、華奢な神楽の体に、見せびらかすように巻きつけられている。

其処から伝わる温もりは、確かに神楽の事が好きだと伝えている。

口を開いたまま、恥ずかしいと顔を染めた神楽の顔を沖田は確認すると、ふっと笑った。

「オメーのそんな所も、カナリ好きでさァ」
わっと神楽の顔は、火をふいた。
大勢の生徒の目の前、晒されているのは間違いじゃないのに、心の底で嬉しいと叫んでいる自分がいる。
それを認めてしまおうかと考えた時には、既に答えは出ていた。

口をきゅっと噤むと、ちょっと怒った様な表情をさせ、目をキョロキョロとさせる。
「は、恥ずかしい奴アル……」
「何とでも言ってくれて構わねーよ。自分に正直に言っただけだからな。オメーとは違って……」

神楽の斜め上、見上げると、其処には憎たらしい、あのいつもの顔がある。
「わ、私だって……たまには素直に……なったりするアル……」

その憎たらしい顔が、実は、カナリ好きで、溺れてたりして……。
「じゃぁ……今ココで素直になってみろよ」

この人が、私の彼氏だって、無償に言いたくなったり……した。

「すき……」
「は? 全然聞こえやしねーな」
「す、っ……すき! 好きアル! 大好きアル! っていうか、お前になんて負けないくらい好きアル! もしお前が私を嫌いになったとしても、私は全身全霊かけて大好きアルっ。もしお前が私に飽きちゃったとしても、きっと私は女々しいほどに好きアルっ」
神楽は肩を上下させた。

「お前は……私の彼氏ヨ……誰にも渡さない……何処にも……行かないで……」
沖田の胸に、コツンと……。小さくなった神楽の声は、沖田だけにと届いた。
まくしたてる様に言った言葉だったけれど、沖田の言葉が来ない。
神楽が不安そうに顔をあげると、先ほどの神楽の様に、顔を真っ赤に染めていた、沖田の姿があった。

「参った……」
それだけ言うのにもいっぱいいっぱいな沖田の顔を見た神楽は、やっと笑った。

「ザマーミロ。神楽様を傷つけたおかえしアルっ」

顔を染めた沖田を、女子生徒が信じられないように、それでいて、彼にこんな顔をさせる女は一人しか居ない事を痛感させている中で、沖田自身が思う事といえば、こんな罰ならば、自分の心臓が許す限り、いくらでも、何度でも受けていたい……。

そんな事を考えていた……。






……To Be Continued…
 
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