act 25

お前が恐がるなら、俺は喜んで笑ってやる――――。





「ねぇ、待ってヨ!」

下駄箱の前、沖田はさっさと靴を履いて校舎を出たが、その後ろから、神楽の声が聞こえてきた。
「本当お前、遅せぇ」

ふくれっつらの神楽が沖田の隣へ並ぶ。
「お前の足が速いんだヨ!」
言いながら、神楽は沖田のシャツを控えめに、きゅっと掴んだ。
劇的な神楽の変わりようから十日、沖田はといえば、神楽を驚くほど甘やかしていた。
その変貌っぷりは、銀八を初め、周囲を驚かす程だった。

あの騒ぎから、表立って神楽に敵意を感じるという事はなくなっていた。
勿論、人間の感情はそんなに甘いものではないので、心の内側まで綺麗さっぱり洗い流すと言う事は難しい。
神楽が変わったことで、新たな嫉妬の感情も、もしかすれば生まれているのかもしれない。
けれど、それを表に出すような人間は、少なくとも、この銀魂高校では居なくなった。

あの沖田の公衆の前での告白は、それほどに威力があった。


今では、沖田の隣で神楽が笑っていても、神楽に聞こえるように陰口を叩く人間は居ない。


神楽は幸せだった。
勿論、不安だってある。恐怖だって、何ひとつ拭えてなんかいやしない。
それでも神楽が笑っていられるのは、沖田と、周りの近藤達のおかげだった。

沖田は神楽を、ほんのひと時でさえ離そうとはしなかった。
神楽がいくら照れようが、神楽がいくら沖田を罵倒しようが、それは変わらなかった。
初めは、素直になれなかった神楽だったけれど、近頃は、比較的素直に甘えられるようになってきていた。


「今日は……何処か寄って帰るアルか?」
近頃の神楽の定番の言葉。

その言葉には、神楽の色々な思いが込められている。
沖田の側に、少しでも長くいたい。
そう思う気持ちとは裏腹に、やはり二人きりになるのが恐い。
けれど、近藤達と、毎日一緒にいるわけにも行かず……。

そんな時、神楽は選択を沖田にゆだねていた。
「さぁ、どうすっかな。オメーはどうしてぇ?」
質問を質問で返され、少々神楽はむくれる。

本当は、外にだってあまり出たくない。
知らない男の視線が絡みつくたび、身がすくんだ。
けど、沖田がいるから、神楽は其処まで気にせずに居られた。
自分にむけられるその笑みが、あまりにも優しかったから……。












人気のない路地裏で、男の悲痛なうめき声が響く。

立っているのは、たった一人。
地面に転がっているのは、男子高校生四人。
地面を這うようにしていた男の顔を真顔で踏み潰したのは、沖田だった。

「次にあんな視線であいつの事見てみろ……こんなモンじゃすまさねーぜ?」
男は情けなく、悲痛な声を出した。
拳についているのは、殴った男達の血。
それを沖田は振り払った。
男達は這いながらも、沖田から必死に逃げようとしている……。


惜しみなく向けられる沖田の優しさ、思いやりの行き先は、当然神楽のものだった。

そんな沖田の感情といえば、陽を隠す陰でぐちゃぐちゃにまみれそうになっていた。
神楽をあんな目に合わせた張本人を探したい。
しかし、今度こそ神楽から目を離す訳にはいかなかったし、離すつもりも、離れるつもりもなかった。

時間は刻々と過ぎていく。
沖田の中は、イライラとぐちゃぐちゃな感情に支配されそうになっていた。


殺してやる――――。

あの時一瞬でも本気で思った気持ちは、たった今もどんどんと大きく膨らんでいる。

高杉が、土方が、近藤が、それぞれが動いているにも関わらず、神楽をぐちゃぐちゃにした男の名が浮き上がってこない。

けれど神楽にあの時の事を聞くつもりは一切もなかった。
思い出させるつもりもない。
しかし、情報があまりにも少ないのも事実だった。

神楽の情報もなしでは、まるで雲を掴むような話。

イライラは募る。

本当ならば、外など歩かせたくなかった。
二度と変な奴らが寄ってこないよう、自分の家に、閉じ込めて出したくないと言ったあの台詞は嘘でも冗談でもなかった。
しかしそうすれば、神楽は二人きりになる事を意識してしまい、またあの時の事を思い出してしまうだろう。

神楽の思いやることで生まれた、自分の気持ちと行動との矛盾……。

苦しんでいるのは、神楽に見せないだけで、沖田も同じだった。
むしろ、その負の感情は、沖田の中でどんどんと膨らんでいっていた。








「オイ……此処らへんで、女を食いモンにしている奴らの事、聞いたことねーか?」
もがき這って逃げようとする男の髪の毛を、沖田は無理やり引っつかみ静かに声を立てた。

「しっ……知りませっ!」
「――――本当か?」
沖田の瞳を見るその瞳は、恐怖で震えている。
紅のその眼球には、情けなく泣きそうになっている男の姿が映った。

沖田は握り締めているその手を離した。

この男達が、何をしたか……。

あの時の様に、神楽を連れ去ろうとした訳でもなければ、羽交い絞めにし、恐怖を感じさせた訳でもない。

ただ神楽を、物色するような目で見ていただけだった。

非道と言われてもおかしくない。

それでも沖田は、そうせずにはいられなかった。

堪えてるモノを、神楽に悟られる訳にはいかない。
もう泣かないように、恐い思いをさせない様に、神楽が笑うのなら、いくらでも甘やかせてやる。
自分の醜い感情など、いくらでも偽ってやる……。
そう沖田は誓って……。






「あっ! お前何処に行ってたアルか! ジュース買いに行くって言ってたのに、ちっとも帰ってこないし、結局ジュースなんかもってないし!」
「悪りィな。ちっと迷っちまったんでィ」
「迷う? バカじゃないアルかぁ? 信じられない男アル」

ぷりぷりと怒る神楽の表情には、あの時の恐怖の色は今はない。
それでも自分の知らない所で、今も神楽は傷ついたままなのだろう。
沖田は思い、人前にも関わらず神楽の手を引き、自分の中へと閉じ込めた。

「ど、どうしたアル……何かあったアルか?」
動揺した神楽の言葉に、沖田は静かに首を振った。
「いや……何でもねぇ。ただ……もう少しこのままで……」
込められた力、思わず神楽の体に、痛みがはしる。
唖然としつつも、神楽はそっと沖田の背に手を回した。
そのきつく抱き締められたその体からは、安心と、嬉しいと言う感情と、鉄くさい、血の匂いがした……。



……To Be Continued…

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