59.『今だけは』


カーテンの隙間から差し込む優しい朝日に透かされて、黒いアサギの髪があかるい栗色に輝く。
それを掬い上げるようにえり足から手を差し入れると、晒された細やかで色白のうなじに鼻先を擦り寄せ、彼女の甘い香りを味わうように胸いっぱい吸い込む。
首筋に吹きかけられた吐息が擽ったかったのか、小さく身動ぎする彼女。
どうやらアサギもまた、目覚めていたようだ。


あの嵐の日から数週間──
アサギと初めての夜を過ごして以来、今日までに幾度も情を交わしてきた。
訓練に明け暮れる日々の隙間を縫って、まるで限りある時でも惜しむかのように……


「削ぎやすそうだな……」
白い歯を立て、アサギのうなじにやんわりかじりつく。
「職業病」
そのうち寝惚けた貴方に本当に削がれそうだと、アサギは冗談混じりに笑いながら、リヴァイの方を向いた。
愛しさが心の中を満たし、ギュッと締め付けられるように心臓が苦しく痛む。
リヴァイは俺も焼きが回ったもんだと思いながらも、自らの彼女への想いに対する抵抗心は見る影もなく、"好き"という範疇を越えて、大きくなるばかりの気持ちを手なずけるのに一苦労していた。
"いつか終わりが来る"
過去の経験で嫌というほど味わった。
見えない最後に今を囚われ、意識的に周りとの深い関わりを持つのは敬遠してきた。
なのに、そんな自分の鉄壁のルールみたいなものがまるで無かったかのようにアサギはいつのまにか心の中に入り込んでいた。
しかしそれは、過去のあるアサギの方もまた同じであった訳で……
ハンジとも話したことだったが、こういう状況に陥った理由を頭で考えども、やはり出ない答えにお手上げとばかりに小さく笑い、現に目の前にいる愛しい温もりを抱き寄せた。
「"これ"が答え……か」
耳をリヴァイの頬に押し付けられていて、聞き取れなかったアサギが「何て言ったの?」と聞き返すも、「何でもねぇ」と笑って誤魔化すリヴァイ。

戯れる二人。まるで本当の恋人のようだと幸せに浸るも、互いに好きだという感情を一切口にしない点だけが異色だった。
その理由は、実に単純で、かつ、底が見えないくらい深いもの──

「何で、髪切ったんだ?」
知ってるのに、また聞くリヴァイ。
面白いくらい予想通りに、暗い空気が漂い始める。
「……長くて、洗うのも大変だったんです」
少しの沈黙の後、優しい嘘をつきながら無理して笑うアサギ。

──そう、これでいいんだ

彼女のことを守って消えた"彼"の存在は、やはり大きかった。
互いの気持ちにブレーキをかけるために、リヴァイは度々わざとそんな質問をした。
髪や、薬の知識など、間接的に"彼"を思い出すようなことを。
まるで自分達は幸せになってはいけないと、そう暗に言っているようだった。
アサギだって、そんなことは全て分かっていたし、同じ気持ちだった。

「それに、」

ただ──

「長いとリヴァイとこんなことするのに、邪魔になるから……」

今だけは忘れたくて

「違いねぇ。まだ、時間はある……おいで」

また、沈んで──


そうして、また新しい朝を二人で迎えた。


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