58.『ちゃんとした答え』


「なるほど、なるほど。なるほどねぇ…………」


ランプの火が揺らぐほどの大きな溜め息をついてハンジが天を仰ぐ。
そのまま背もたれに仰け反ったまま固まり、リヴァイと二人しか居ない資料室に沈黙が訪れる。
静けさに研ぎ澄まされた五感が、遠くで誰かが談笑している声や古書の匂いを拾い、まるでここだけ時間が止まったような錯覚を引き起こした。

「……『なるほど』ばっか言ってねえで、何か言え」

ハンジより先にしびれを切らしたリヴァイが畳み掛ける。
彼の不機嫌さを表すような低音の声が、冷たい空気を伝わりハンジの鼓膜を叩いた。

「んーーっと、………んじゃ、おめでと」
「殺すぞ」
「何でー?祝福してるんじゃない」
「流れがおかしいだろ。アサギとの一連の出来事を話した後アイツに子供がもう出来ねぇってこと言って終わったのに、何がめでたいんだ。テキトーに喋りやがって、死にてえのかクソメガネ」
「分かった!分かったから、落ち着け。まず握ってる凶器……じゃない、ペンから手を離しなさい、握り方怖い!」

ハンジは、固く握りしめたリヴァイの拳からペンを取り上げ「何か言え、かぁ……」と頬杖ついてしばし考えた。

「じゃあ、逆に質問させてもらうけど、リヴァイは私からどんな言葉が聞きたくて、わざわざこうしてアサギとのこと話してくれたワケ?」
「あ?それは……」

そんなこと全く考えてなかったリヴァイは、言われてみればその通りだと我にかえった。

なぜ俺は話した?
たかがアサギと俺という、二人の関係が変わっただけだ。
なのに……
自分達に子供が出来ないことを同情してもらいたかったのか?
誰かに自分達のことを認めてもらいたかったのか?
一体俺はなんで……

「ごめんごめん。イジワルな質問して」

ハンジが予想した以上に思い詰めた顔をしているリヴァイに笑って謝罪した。

「ねぇリヴァイ。例えここで私が何を言ったとしても、もうちゃんとした答えがリヴァイの中にあるんじゃないかな」

不安そうに揺れる三白眼を分厚い眼鏡が捕らえて離さない。

「あの子さ、ツラいことや悲しいことがあっても、"その時"に言わないんだ。人に頼ったり甘えることを知らないから。いつも一人で抱え込んで泣いてさ。今回のリヴァイとのことも、まだあの子私には何も言ってこない。でもね、色々不安に思ってるんじゃないかな。婚約者が亡くなってそう経ってないし、妊娠できない体って言うなら尚更。リヴァイに迷惑かけちゃいけないし、自分だけ幸せになっちゃいけないと思ってる。だからこそ、リヴァイが温かく包み込んでやって欲しい。何度も自分の命を絶とうとしたあのアサギが、死を恐れるようになるほど、沢山愛して幸せにしてやって欲しい」
「ハンジ……」
「もしそれぐらいの覚悟がないのなら、あの子には近づいてはいけないよ」

グレーの三白眼に、もう先程のような迷いはない。
逸らされることなく真っ直ぐにハンジを見る。

「俺は、幸せにしてやりたいとか偉そうなことは言えない。ただ、あいつの笑顔を見ていたい。あいつを苦しめる全てのものから守ってやりたい。気を抜いたらいなくなっちまいそうだから、ずっと俺の側に閉じ込めておきたい。子供が出来ねぇことなんか全く関係ねぇ。俺が欲しいのはアサギだけだ。それだけでいいんだ俺は……。ただ、知っての通り俺はこんな身分。元々、もう誰かと一緒になりたいなどと思ってないし、そんなこと思う暇もなく走り続けてきた。それに仲間を……失う怖さも知っている。だがアサギを想う気持ちが、いつの間にか俺の中で一番大きくなっていた。結婚して世間一般でいう普通の"幸せな暮らし"をさせてやることはできないかもしれない、だとしても俺は俺のやり方でアサギと共にこの腐った世を走り続ける方法を見つけていきたい」

そこまで聞いて、ハンジは安心した。
普段のリヴァイの性格を知っているだけに、こんな男に恋愛などできるのだろうかと首を傾げたこともあった。
でもこうして一人の女性を守りたいと恥じる事なく堂々と言うのを目の当たりにして、言葉に表せないような安堵感にまたひとつ溜め息をついた。

「ほら、やっぱちゃんと分かってんじゃない大事なこと。それでいいんだよ。そうでないと。ただ……アサギは、一人でまだ色々悩んでるんだと思う。あの子、何だって一人で決めてから最後私に話しにくるんだもん。これからはリヴァイがしっかり心の支えになってやって欲しい。あー、何だか妹が嫁いでくみたいな気持ちでやだな」

大袈裟に悲しそうな顔をするハンジを見て、リヴァイはどこかホッとした。

「私はさ、できることならちゃんと結婚して欲しい、かな。結婚しちゃいけないって約束まではエルヴィンと交わしてなかったでしょ?結婚後、リヴァイは兵団から抜けるのが難しくてもアサギだけは家庭に入るって手段もありなんじゃない?てか、もうプロポーズしたの?」
「は?するわけねぇだろ。結婚すら考えられる身分じゃねえと、さっき言っただろうが」
「そっか。じゃ、まずこれからは二人の愛を育まないとね〜。……あーあ。アサギが復帰したばかりの頃、エルヴィンとアサギをくっつける作戦だったんだけどなぁ。何を間違えてリヴァイなんかと」
「やっぱり死にてえみたいだな」
「ま、待って!たんま、たんま!!!」



重い十字架を背負うアンタ達二人を

誰も咎めたりしない

それどころか皆祝福してくれると思う

だから、そのまま前だけ見て進んで欲しい

諦めなければきっと───


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