57.【懺悔】 『おいエレン、肉ばっか焼いてねぇんじゃねぇぞ。野菜だけ山盛り残ってんじゃねぇか。コニーはさっき言っといた肉の追加、本当に頼んだのか?早くしねぇと肉なくなるぞ』 『リヴァイさん!焼き肉来たんだから"肉"焼かねぇと!つーか、コニー肉早くしろよ』 『インターホン押したけど店員来ないんっすけど。どーなってんだこれ』 『コニー落ち着きなさい。そう乱暴に連打すると壊れてしまう。押すのは一回だけでいいんだぞ』 『エルヴィン係長、これ見てもらっていいっすか?既にこれ壊れてんじゃねぇっすかね?ピッともスンともいわねぇし』 『直に店員のところへ行ってきなさい。ついでにインターホン壊れてるかもしれないことも告げておくんだぞ』 毎年恒例の救助大会の打ち上げ。 彼らにとっては夏の終わりを告げる風物詩でもあったが、今年はエレンの婚約祝いも兼ねて行われた。 『お前が結婚とかまだ信じらんねぇ。つーかエレン、お前よくあの人と結婚する気になったよな。お前結局はドMだったということか』 『うっせえな。彼女、外ではツンツンしてるけど二人になるとしおらしくて可愛いんだぞ。料理めっちゃ上手いし』 『おぉ、飯がうめぇ嫁は"良い嫁"だってサシャが言ってたっけな』 『お前もさっさも腹くくってサシャと結婚しろ。そろそろ年貢の納め時だ』 『ぜってーやだ!何であんな大食い女と!』 『あーはいはいご馳走さま』 『てめっ!殺すぞ!』 相変わらず賑かな二人を余所に、大人二人はしっぽりとそれぞれの悩みを語り合う。 『エルヴィン、お前のとこ小学何年になった?』 『もう5年だ。中学校受験をさせるかどうかで妻とモメてる最中でな……』 『もうそんなになったのか?!ほんと他人の子供の成長は早いものだな』 『お前のところは?』 『来年から小学生だ』 『ついこの間産まれたと思ったら……そっちもあっという間だな。ということはランドセル、もう買ったか?』 『いや、まだだ。まさにそのことで昨日話し合ったばかりだ。通常、ランドセルは父方の祖父母が買うものだと聞いたが、俺には親がもう居ない。だからといって嫁の両親に買わせる訳にもいかないんだが、嫁はそうさせると言ってだな……』 『なるほど。しかし祖父母からすると、自分達が買ってやったランドセルを毎日背負って孫が学校通うと思うと嬉しいだろうから、別にそれでいいんじゃないか?』 『しかし、ランドセルは高い買い物になる。それを押し付けているようにならねぇかと心配でな』 『勝手に親だけでやってしまうと、後々どうして言ってくれなかったんだとトラブルにもなりかねない。嫌でもちゃんと話はしておいた方がいいと思うぞ。ランドセル以外にも準備しなくてはならないものは沢山あることだしな。学習机とか』 『!?それをすっかり忘れていた……』 『帰ってから、嫁さんとゆっくり話をするといい。時間はまだある』 『そうだな。大会も終わったことだし、ちゃんと話をしてみる』 …… 二次会に向かう若い衆から見送られた後、家族の人数分のケーキを手土産に帰途についた。 数年前35年ローンで建てた我が家の前でタクシーを降り、明かりが灯る若干新築感薄れてきた家のドアを開けると、出迎えてくれたのはパジャマ姿の愛しい嫁。 『おかえり、リヴァイ。消防の飲み会にしては早かったね。え!?それもしかして、お土産っ……?!』 『ただいま。偶然まだやってるケーキ屋を見かけてな。たまにはどうかと思って。ところで、今日エルヴィンとランドセルのことを話して来たんだが……やはりお前のいう通りにしよう、アサギ』 ……アサギ…… やっと見えた やはり、お前だったんだな――― いや――前から何となくお前だとわかってた。 けれど俺の勝手な願望が作り出した幻かもしれないと、その顔を見て、ちゃんと名前を呼ぶまで確信が持てなかったんだ。 だがこれでちゃんと見えた。 あれは確かに、俺とアサギだった。 結婚していたし、性別や名前は不明だが俺らの子供もいた。 俺がこれまでに断片的に見てきたアレが、今日に繋がる未来なのかは分からない。 だとしても、もしもの話、これから先こんな俺にも家族を持つことができるのだとすれば……それはアサギとしかあり得ない。 俺は、 勝手に運命を感じている勘違い野郎なのかもしれない。 勝手に両想いになれたと舞い上がっている馬鹿なのかもしれない。 それでもいい 俺はお前と一緒になり、あの子供を迎えたい ……自室のベッドの上で目覚めた。 辺りはまだ暗く、アサギとの一夜が嘘のような静けさだ。 ふと横を見ると、案の定アサギの姿はない。 そこで感じたのは前のような底知れぬ不安感ではなく、ただ愛しい人が居ないという寂しさであった。 だが彼女はまだ何を考えているのか分からない部分が多く、見えないところに行かれると無駄に心配してしまう。 リヴァイはシャツを羽織ると、アサギを探しに部屋を出た。 そして探している最中、色々なことを考えた。 まずは謝らねば。昨晩、外に出して避妊しなかったから。 これでもし子供が出来ていたとしたら…… 正直、俺は嬉しい。あの世界の幸せそうな俺らが現実となるのだから。 しかし妊娠して産むのは彼女、苦労をかけることになる。 なんにしろ、俺は兵団を抜けることはできない。だから俺がここにいるのと引き換えに、彼女と結婚することが許されるなら…… 嫁子供が待つ温かい家ができたのなら…… 『帰る場所』を手に入れるのと同時に、死を恐れぬ気持ちを失うことになるだろう。 だが、それは生きることへの執念を手にすることになる。 全て簡単にはいかないことは重々承知のこと。 それでも俺は、お前と共に居ることを選ぶ――― 一階に降りると、洗面台に立つアサギと鏡越しに目が合った。 「おはようございます、リヴァイ兵長」 いつものアサギと何一つ全く変わらない様子に、リヴァイは内心動揺した。 もしかして、彼女の中で昨晩のことは無かったことになっているのか、と。 「昨晩は、その……すまなかった」 思わずいきなり謝ってしまった。 確かに謝ろうとは思っていたがあまりに唐突過ぎて、無意識に発した自分の言葉にリヴァイは困惑した。 その不器用さに、アサギは愛しさを覚え頬がゆるむ。 「なんで謝るんですか?私はとても幸せでした」 「……それなら良いいが。いや、そうではなくて」 「では、私とのことを無かったことにされたいのですか?」 「違う」 言いにくそうにしているリヴァイを見てアサギは少し不安になりながら、彼の口からどんな事が発せられるかと静かに待った。 「そのだな……許可も得ずに、中に出してしまった」 「……え?」 拍子抜けして、アサギが笑った。 それでも真剣な顔でリヴァイは尚も話し続ける。 「笑い事ではない。お前の身体に関わることだぞ。もし子でもできてたら……。まぁ、俺はそうだとしても嬉しいんだがな。順序が逆になるが、それは追い追い……」 「リヴァイ兵長」 自分達の幸せな行く末を険しい顔で算段するリヴァイを見て、こそばゆく幸せを感じながらも、これから自分が話す言葉で全てが終わるかもしれないことをアサギは覚悟した。 「私、もう子供が出来ない体なんです。だから……そんな心配なさらなくても、大丈夫ですよ」 そんなこと…… 無理に笑って言うんじゃねぇ…… リヴァイは零れ落ちる彼女の涙に唇を寄せた。 |