45.《降り積もる愛情》*


妊娠、出産。
それって、当たり前の流れだと思ってた。もちろん妊娠中は流産の可能性もあるって知識くらいはある。でも自分がまさか流産するなんて夢にも思ってなくて、医師から『流産です』とハッキリ言われた時、何のことか分からなかった。ただ、現実を受け入れられなくて、受け入れたくなくて、医師に縋った。

『流産……てどういう、ことですか?』
『まだ小さくても、心臓マッサージをすれば生き返りますよね』
『私の、何がいけなかったんですか……』

血まみれになった、握りこぶしの半分よりも小さな赤ちゃんが、ちゃんと人の形をして外に出てきたものだから、余計に辛かった。
死んでる赤ちゃんを見て、色んな感情が一気に湧いて、喉に詰まり吐き出す事ができず……病院ではうまく泣くことができなかった。

迎えに来てくれたオリヴィエに手を引かれて家に帰ると、珍しく彼がご飯を作ってくれた。食欲なかったけど、彼がせっかく作ってくれたのだからと、頑張って食べた。あんな悲しいことがあったばかりなのに、なぜか彼は病院からの帰宅途中も家に帰ってからも、一切流産の事は話さず、日中店でお客さんと話した内容だとか、全然関係のないことばかりを、いつもより饒舌に、より明るく喋ってきた。彼が私に気を使ってるのだろうと気にしないようにした。でも、作りかけの赤ちゃんのニットや、買っておいた布おむつなど、赤ちゃんに関わるもの全てが、部屋から無くなっているのに気付いて彼に尋ねた。

『編みかけの靴下とか、赤ちゃんの物が全部、見当たらないんだけど……』
『勝手にごめん、今は……封印しておいた方がいいと思ったんだ。見ると、ツラいだろ』
『貴方は……、赤ちゃんが居たことを、無かったことにしたいの?自分の子供じゃないから……、もう、見るのも嫌ってこと……?』
『違う、そうじゃない』
『じゃあ、何で!?私と婚約したことだってそう!何で他所の男の子供がお腹にいるような女と結婚したいなんて言ったの?何でなの?!行くあてもない孕まされた惨めな女を、可哀想だって……昔のよしみもあるから、仕方なく結婚してやるとでも思ったんでしょ!……どうすればいいのよ、兵団を辞めてまで赤ちゃん産もうとしてたのに……私、バカみたい……』

すると彼は私を抱き寄せ、諭すように話し始めた。

『赤ちゃんの物を片付けたのは、僕が、僕がツラかったから……。君を、赤ちゃんを守れなかった……守ると言ったのに。僕は君のことを愛してる、ずっと昔から。君の全部が好きなんだ。だから君の子供なら、僕は誰の子供であろうと愛する自信があるし、実際僕は赤ちゃんが産まれるのを楽しみにしていた。だから僕だってツラい。でも一番心も体も傷付いてるのは君だということはちゃんと分かってる。だから僕は君の支えになりたいと思う。ツラい気持ちがあるなら、僕にそうやって当たってくればいい。全部受け止めるから。君は少し我慢し過ぎる癖がある。だからこそ、こんな風に僕に気持ちを吐き出してくれること自体、僕は嬉しい……』
『オリヴィエ……』

彼は私の頭を撫でながら、優しく慰めてくれた。

『痛かっただろ、ツラかっただろ……よく……頑張ったねアサギ』

堰を切ったように、涙が溢れだして止まらなくて……
こんなに、誰かの胸で声をあげ泣きじゃくったのは、初めてだった。



―――それから、私たちは話し合って、不幸なことがあったばかりだからと、結婚は少し間をおいてからすることにした――



ある、寒い日。

『もしかしたら、今ごろ、陣痛に苦しんでたのかなぁ……私』

部屋の窓から降り始めた雪を眺めながらぽつりと呟いて、束の間だった妊婦生活を懐かしんだ。
オリヴィエは隣に来ると、私の顔にかかったサイドの髪を指で拾ってそっと耳にかけ、心配そうに顔色を伺ってきた。

『……さびしい?』
『ううん、大丈夫。ねぇオリヴィエ。赤ちゃんって、自分でママを選んで空から降りて来るんですって。こんな私だけど、あの子はちゃんと私を選んでくれてたのね』
『そうだね。今回のことは、きっと……おっちょこちょいなところがアサギに似てて、早く降りて来すぎたんだよ。だから空に一度帰って……今も上から見てるかもしれないね。もう一度、ママの所に行きたいって』
『そうだといいな』
『君と僕が寄り添って、いつ降りてきてもいいように、ここで手を広げていれば、いつか必ず―――』

仕事で使う消毒液でチクリとささくれ立つ、大きな手で私の頬を撫でると彼は、私に優しいキスをした。

しんしんと雪が降り積もったその晩、私は初めて彼に抱かれた。


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