02.『疎外感』 『あちこち住んでいたからどこが出身とか無いの。シガンシナも昔住んでたことあるから、エレン達のご近所だったかもね』 『両親は東洋人です。ミカサはお母さんが東洋人なのね、じゃあ遠い親戚とかだったりして』 『恋人?居たら調査兵団になんて自分から志願して復職しませんよ』 『え、タイプの男性?!うーん……優しい男性、かな』 食堂で一通り食事を終え、早々に自分一人切り上げ引っ込んだ先の自室にて。 ソファに腰掛け、先日の壁外遠征についての資料をパラパラと捲りながらさっきの食堂でのあいつの言動を頭の中で反芻する。 ――純粋な東洋人を見るのは初めてだ。絶滅してるといわれてたが、まさか存在するなんてな 東洋人独特の艶やかな黒髪、透明感のある滑らかな肌、大きく黒い瞳、長い睫毛。 白いうなじに、抱き締めると折れちまいそうに華奢な身体―――― ……何考えてるんだ俺は 東洋人が珍しいから不覚にも気を取られてるだけだと自分に言い聞かせ、意識を目の前の資料に戻そうとしてもあいつがチラついて視覚から何も情報が入ってこない。 それにしても……然り気無く右手で隠していたが、ヤツの左手薬指には指輪をしてた跡のような薄い日焼けがあった。 恋人は居ないとか言ってたが。 しかし、いつ死ぬとも知れん調査兵団に希望して入ってくるってことは本当に居ないんだろう。 失恋でもして自棄になってるクチか? 色々と胡散臭いヤツだ…… 「くだらねぇ」 たかが新人一人のことを、ここまで考え込む自分に嫌気が差して、大きくため息を零しながら資料を机に放り投げベッドに倒れ込んだ。 このまま寝て思考を遮断したいと願うも、風呂に入ってないのを思い出しのそりと仕方なく起き上がる。 着替えようと制服のジャケットに手をかけたその時、廊下から賑やかに話す声が近付いてきた。 ハンジと新入りだ。 「――ここは分隊長以上の方々の階では?」 「そうだよ!アサギは新兵がいる大部屋の寮を希望してたみたいだけど、ちょうど女子寮に空きがないし、アサギは一応兵団に入ってからのキャリアもあるんだし、ここでいいでしょ?私もこの階の部屋だしね」 「けれど私、調査兵団歴は今季入団の新兵よりも浅いのに」 「歳だってリヴァイと変わらないし、誰も文句言わないって。それにアサギがあっちの寮入っちゃうと逆に皆に気を遣わせちゃうよ?」 「それなら仕方ないですけど……」 新人のヤツ、謙虚な心構えは悪くねぇが、この階の部屋かよ。 つーか俺の名前出すんじゃねえクソメガネ。 しかし廊下の会話、筒抜けじゃねぇか……聞きたくもねぇのにこっちが盗み聞きしてるみてぇな感覚になる。 「ここがアサギの部屋だ。暫く使ってなかったから少し埃っぽいな。今日はもう遅い、掃除は明日にしてハンジの部屋で寝るといい。一応荷物はここに置いておくよ」 ガタガタと隣の部屋から荷物を置いたような音と振動が壁伝いに直に響いてくる。 エルヴィンもいたのか。……おい新入りの部屋この隣じゃねぇかよ。めんどくせぇな。 って、ハンジの部屋で寝ろだと?あいつの部屋寝る場所無ぇだろ!汚ねぇし!初日から新人に拷問とは流石だな、エルヴィン。 「あ!アサギ、隣の部屋はリヴァイだから生活音は控え目にね、『うるせえ』とか言って怒鳴りこんで来るかもしれないから十二分に気を付けて」 「分かりました」 ……既にてめぇらうるせぇんだよ。 「しかしハンジが言ったように、アサギは本当に変わらないな。歳をくったのは自分らだけではないかと錯覚してしまうくらいだ」 「エルヴィン分隊長……でなくて、エルヴィン団長はそう言いますけど、前よりずっと男前に磨きがかかってますよ。昔からファンも多かったことですし」 「でもね、アサギ、悲しいことにエルヴィンはご存じの通りワーカホリックが災いしてか未だに独身貴族なんだ。女より巨人が好きなんて、変だと思わない?」 「……ハンジ、その台詞は君にそっくりそのままお返しするよ」 「まぁ確かに私も巨人にしか興味無いけど!それより、エルヴィンとアサギって、お似合いじゃない?どう?歳もそんな大袈裟に離れてないし」 「え!どうって、そんないきなり?!……あ、ちょっとハンジさんっ!」 クソッ……! 「うるッせぇ!!共有スペースでギャーギャー騒いでんじゃねえぞ!丸聞こえなんだよクソ共が!!何時だと思ってるんだ、てめぇらさっさとクソして寝ろ!」 部屋のドアを乱暴に開け言い放ってやった後、力任せにドアを閉めた。 その瞬間、クソメガネがエルヴィンに新入りを押し付けてて、その新入りの肩にエルヴィンの手が添えられてたのが目に入った。 あいつら…堂々とイチャついてんじゃねぇ!! イラつく自分が余計にイラつく。 ……要は、あの新入りを知らねぇのは俺だけってことか…… 妙な疎外感まで湧いてきて、堪らずドアを内側から一蹴りした。 俺もまだまだガキだな…… |