18.《芽生えた脇目》


「あの、……重くないですか?荷物くらい自分で持ちます」

「しつこい。さっきから何度も重くねぇっつってるだろうが……少し持ちにくいだけだ」



ナナバから聞いたマーケット近くで美味しいと評判の店にて昼食を取った後、買い物を済ませて帰途についた昼下がり。
片手に大きな紙袋、もう一方に歩くのが疲れたから抱っこしてくれとせがみ始めたエルを抱えている上司を気遣いながら、手ぶらで申し訳なさそうにアサギが隣を歩く。

首周りが緩やかに開いた薄手のニットに、カジュアルなスラックスという私服姿のリヴァイだったが、やはり人類最強と言われているだけに顔が一部の民衆にも割れているようで、度々人の視線を感じたり『兵長〜!』と声を掛けられたりして嫌そうな顔をしていた。
でもそれなのに、ランチに入った店で店主からアサギ達の事を『可愛い嫁さんと息子さんだこと』なんて言われても意に介さず、寧ろ『ったりめぇだ』なんて言葉を店主に返してアサギを混乱に陥れた。


――リヴァイ兵長は何を考えてるのかしら……
ランチも御馳走して下さったし、買い物も殆ど兵長が買ってくれたり、ランチのお店ではあんなこと言うし……

……誤解されるのが厄介だとか言ってたクセに。


アサギが物思いに耽っている間、エルは指を咥えて大人しく抱かれており、リヴァイも考え事をしているのか黙りこんでいるので、コツコツと石畳を歩く足音が響くだけの静寂に気まずさを覚えて何か喋らなければとアサギは言葉を搾り出した。



「リヴァイ兵長。えと……ランチの紅茶のパン、美味しかったですね」

「……あぁ」

「買い物も、殆ど買ってくださって……ありがとうございました……」

「……あぁ」

「前から思っていましたが、リヴァイ兵長って壁内一の男前ですよね」

「……あぁ」



駄目だ、完全に上の空である。
自動的に返事をしているようにしか見えない。
今なら聞けるかな……おちゃらけた質問に紛れ込ませて、少しだけ気になっていた事もぶつけてみようという冒険心が芽生えてしまった。
『…あぁ』って同じような空の返事しか返ってこないかもしれないけど、胸の中で燻っていた質問を吐き出せるのならそれでも構わないとエゴイズムな考えが過ぎる。



「今日の、これって何だかデートみたいですね」

「……あぁ」

「そういえば、リヴァイ兵長は彼女とかいらっしゃるんですか?」

「……あぁ」


「………。」



――正直、そういうプライベートな質問をされると我に返って『いるわけねぇだろ』とか言って欲しかった……なんて思ってた自分がいた。

だから空虚な返事だと分かっていても、どこか喉が詰まるような、苦しい感情に襲われて言葉を失った。

これじゃ…まるで私、リヴァイ兵長のことが“好き”みたいじゃない……






「……おい、何で急に黙る」

「…私の話、ちゃんと聞いてらしたんですか?」

「当たり前だ。」

「そうなんですね、てっきりテキトーに返事されていると思っていました。」

「そういう瞬間もあったが、お前の声はちゃんと聞いていた。だからこそ敢えて肯定した質問もあったがな。」



「……どういう、意味……ですか?」



「俺に女なんていると思ってるのか?この数ヶ月同じ兵舎で、しかも隣の部屋で生活してたなら普通分かるだろ。」

「……ですよね。――じゃあ、私…せっかくだから立候補してもよろしいでしょうか?」

「ほう。それでは有難く候補の一人に加えておこう」

「ありがたき幸せ」



スカートの両端を軽く摘み、頭を低くしてカーテシーというお辞儀をしておどけてみせる。
リヴァイも無表情ながら鼻をツンと上げて話してみたりして、ふざけ戯れてくれて…

……そう、こういう友達のような戯れが出来る関係でいいの。これ以上踏み込んではいけない……

なんてリヴァイとやりとりしていると、彼の腕で大人しくしていたエルが眠いと言ってもがき出した。



「暴れるな、落ちるぞ。眠けりゃそのまま寝りゃあいいだろ」

「小さい子供って、眠くなると泣いたり暴れたりして愚図る子いるっていいますよね……おいでエル」



リヴァイの腕の中では、手を突っ張って反り返ったりして全力で暴れていたエルだったが、アサギに抱いてもらうや否や、待ってましたとばかりに豊かなその胸に顔を埋めて大人しくなった。

自分の胸で安心しきり満足そうな顔をしているエルに、アサギは母性本能をくすぐられてか嬉しさとは違う、何か満たされた気持ちで一杯になって溜息が零れる。

…が、もう一人は内心穏やかではなかった。



「おい、ガキ。くっつき過ぎだろうが、離れろ。」

「いやだぁーーーー」

「ちょっ……!?」



リヴァイがやにわにエルの背中を引っ張ると、エルの体が少し浮いて小さな手でしっかりと掴んでいたアサギの服の胸元が伸びてその胸が顕になった。

流石のリヴァイもそれには驚き慌てて手を離し、すまんと謝罪した。



「だが、残念ながら下着が邪魔で中身は見えてねぇ」

「それ、フォローしてるのか何なのか分からないですから!」



尚も弾んだ会話をしながら、兵舎へと再び足を進める。






――長く伸び始めた二つの影をみつめながら思うことは……




“いらない感情”は、小さいうちに芽を摘んでおかねばならない、と。




何れにせよ、頭の中はこの兵士長のことでいっぱいで……



……なんだか、苦しい……


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