17.《近くなった距離》


エルヴィンとナイルが宿舎に入っていくのを中庭中央の井戸端から見送った。
見送ったというより、立ち去るのを成す術も無く、立ち尽くして見ていたという方が正しい表現かもしれないが。



「――…本当に置いて行きやがった。誰が“おじさん”だ、ナイルの野郎!」

「まぁ、ナイルさんも悪気があって言ったんじゃないでしょうから……。」



エルヴィンのやつ、俺が断れねぇの知っててワザと自分から『私からも頼む』だの言いやがったな!
……それともアイツ、何か考えがあってのことか?
いや、そんなことより……やっとエレンに掃除させ終えて、汗かいて汚れた服の洗濯だけだったってのに、子供のもりなんてやったことねえことを何でこんな休日にやらなきゃならねぇんだ!
それに子供とは縁がないせいで見た目からこいつが何歳なのかは分からねぇが、明らかに幼い……勘だが、絶対に面倒臭えことになる。


沸き起こるイラつく感情を堪えられずにいるリヴァイを、自分も一緒に居ますからとアサギが宥め始めた。
"子守り"という正当な理由でアサギと堂々と二人で居られるというのは、リヴァイとしては満更ではないのだけど。


初めてまともに喋ったあの夜以来、アサギは度々資料室にて偶然を装い訪ねて来るリヴァイと時間を共有し、幾分か前よりは打ち解けていた。
リヴァイが通って来ることで最初こそ自分の寂しさが紛れて丁度良いと思っていたが、彼の仲間思いで責任感の強いところや、見た目からは想像できない秘めた優しさに、次第に心許すようになっていった。

一方リヴァイは――
アサギに思いを寄せながらも、内心自分がまさか一目惚れだなんてと、そんな気持ちを認めたくない自分との葛藤が未だに続いていた。 
しかし哀愁漂うアサギを放っておけず『俺が相手してやる』と言ったのをおなざりにし嘘つくのも気が引けた為、余計なことを言ってしまった自分が悪いと半ば諦めたような気持ちでアサギの居る資料室に通い始めた。こういうことに慣れていないせいで、毎回『ちょうど通りかかった』だの照れ隠しのテキトーな軽い嘘を携えて。
始まりが何であれ、アサギという女性をより知る事ができ、彼女と一緒に過ごすことで訓練や壁外遠征のハードで暗い日々にパッと明かりが灯ったようだった。

会話の内容としては紅茶の話、その日の訓練のこと、同僚の話など、話題としては他愛もないことばかりだが、それでもこの二人には意味があるものであった。



「お前、アサギよ。子供の世話なんてできるのか?」

「できるのかと言われると、経験も、できると言えるだけの自信も無いのでどうお答えしたらよいか分かりませんが…できるように努力します。リヴァイ兵長、お忙しいのでしたら私が一人でエルをみておきますよ?」

「いや、今日は別に忙しくも何ともねぇ、寧ろ午後は何も予定が無かった。エルヴィンとナイルから直接ああ言われておきながら、子供が苦手だからとお前に全部投げて自室に篭るほど無責任なクソ野郎じゃねぇぞ俺は。」



やさぐれた言い方なさらないでくださいと年の割に幼い顔でクスクス笑うアサギに、リヴァイは近くなった距離を感じ笑顔が伝染しそうになるのを堪えながら誤魔化すように鼻を掻いた。

――こんな感覚は、いつ振りだろう……

直ぐには思い起こせないほど遠いことなので、明確に記憶を辿る事はしないが、そう思わずにはいられないくらいリヴァイにとっては新鮮でくすぐったい気持ちだった。



「そういえば、アサギ。この間の夜話した時、週末にマーケットに買い出しに行くとか言ってただろ。今日のことじゃねぇのか?」

「今日のことでした。でも……もういいんです。エルを勝手に連れ出して行くわけにもいかないし、それに何かあったら……」

「俺も一緒に行こう。何かあったときは俺が責任を取る。まぁ、何も起こさせないがな。」

「でも……」

「何時まで預からなきゃならねぇかも分かねぇんだぞ、このガキもずっとここで居るのは退屈だろうし、それでギャーギャー言われても困る。俺も気分転換に丁度い……」

「ねぇねぇ、ぼくのなまえは“ガキ”じゃなくて、エルだけど?」



アサギの足元にしがみ付いているエルが、急にリヴァイに向かって口を開いた。
真ん丸の無垢で青い瞳が射抜くようにリヴァイを捉えており、子供に対しての免疫がほぼ皆無に等しい人類最強の兵士長は話の腰を折られ、その肩書きも虚しくどう返答したらよいものか分からず完全に固まってしまっている。

そんな普段とは様子の違うリヴァイを目の当たりにして、アサギは彼のことを純粋に可愛いと思ってしまった。
でもそれは、単にハンジさんがたまに言う“ギャップ萌え”というやつだろうと冷静に判断しつつ、『可愛ですね』なんて兵長に正直に言ったら絶対に喧嘩売ってんのか等と言われることが簡単に想像できたので、心の中で留めて置いた。



「ちゃーんと知ってるよ、エルの名前は“エル”だもんね!じゃあエル、このお兄さんの名前知ってる?“リヴァイへいちょう”っていうんだよ。」



“お兄さん”なんてむず痒いし、“へいちょう”とかこのチビには長くて言えないだろと、突っ込みを入れたかったが、フリーズしていたところを助けてもらったし、茶々入れると面倒になりそうだからもう何とでも言ってくれと内心思いながらリヴァイは二人のやり取りを見守ることにした。



「り、り……りば……」

「そう、もう少し!“リ・ヴァ・イ”よエル!」

「り…………パ、……パパ!」

「「パパ!?」」



まさかの発言にアサギとリヴァイが見事にハモる。
どうやったら“リヴァイ”と“パパ”を間違えるんだ、と。エルが覚えたての言葉で、パパは髪が黒いから、と何故か得意気に説明してくれたが……
納得できずにいると、そういえばリヴァイが中庭に現れる前にエルヴィンがエルは捨て子でその里親がナイルの部下だと言っていたと、アサギが思い出したようにエルに聞こえないようリヴァイに耳打ちした。



「……なるほど、理由は分かった。だが“パパ”は止めろ。誤解されると厄介だ。」



『誤解されると厄介』
その言葉がアサギの心にチクリと刺さった。

――あれ、私……傷ついてるの……?

自分の中で浮かんだ疑問に混乱する…どこに傷つく理由があるのか、簡単そうなことなのに自分のことになると全く分からなくて。
兵長が言った『厄介』っていうのは、誰へのどういう意味での『厄介』なのか分からないのに――……




「おい、ガキ共。寝ぼけてねぇでさっさと出かけるぞ。ちょうど腹も減ったしな。」

「あ……待ってください、兵長!……って、私はガキじゃないですよ!」

「ぼくも“ガキ”じゃな〜い!」







何だか分からないけど、全部気のせいにしよう―――





そう括り、エルと手を引いてリヴァイ兵長を追いかけた。


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