13.《新旧の上司》


コンコンと乾いたノックの音が資料室に響く。
入りたまえと促すと、満面の笑みを携えたハンジがティーセットと茶菓子をトレーに乗せて入ってきた。

彼女の素性を知らない者なら、この状況に“気の利く女性”とでも思っただろう。
しかし……彼女はハンジ・ゾエである。
兵団切っての変人であり、過去に彼女はお手製の妙な薬入りの菓子をその目的を告げずに部下や同僚に振る舞い、人体実験まがいのことをやったことのある前科持ちだ。
それも一度や二度ではない。
その彼女の持ってきた飲み物と菓子……そしてこの笑顔である………
ナイルも私と同じことを思ったのだろう、不安そうな目でこちらを見て何かを訴えている。



「変な薬など入っていないだろうな……」

「人聞きの悪いこと言わないでよ、エルヴィン。飲み物もクッキーもミケが作ったんだから大丈夫!」

「「ミケが!?」」

「それはそれで……別の意味で心配なんだが……」

「『大丈夫』と豪語できるだけの根拠はあるのか、エルヴィン。ミケにそういう趣味があると俺は思えんが……」

「私も彼の“料理”という趣味は把握していない……。見た目だけで言えば紅茶も菓子も普通に美味そうなんだが。」

「何だか……ミケが不憫になってきた……。私さっき味見したけど美味しかったよ?そこの“僕”も、一杯食べてね!んじゃ、後はごゆっくり〜。」



バチンと音がしそうなウインクを落とすと、ハンジは来た時と同じように軽快なステップで踵を返し退室していった。
それに怯えたのか“僕”と呼ばれたブロンドヘアーの幼い子供が、隣に座る私の腕にキュッとしがみ付いてきた。



「さて……と。審議所以来だな。エレン・イェーガーはどうだ、問題無いか?」

「今のところ特異事項は見受けられない。それよりもナイル……、この子は一体誰の子だ。お前にこのくらいの歳の息子は居ないはずだが……」

「ん?あぁ…すまん、余りにもお前ら二人が馴染んでしっくりきてるもんだから、紹介するのをすっかり失念していた。偉く懐かれたな。この子は部下の子供でな、二人目がもうすぐ産まれるらしいんだが、嫁さんの容態が良くない上に、その部下も風邪で伏せってるんで俺が今日一日預かってやったんだ。来週は少し仕事のスケジュールが立て込んでるから、この週末に治してもらいたくてな。」

「なるほど。しかし遠路遥々ここへ連れて来ずに自宅に居させてやれば良かったんじゃないか?マリーや子供達もいるだろう。」

「いや、マリーはちょうど子供を連れて里帰りしている。ちなみにこの子の名前は『エル』だ。まだ3歳になったばかりで簡単な言葉しか話せんが、物怖じしない良い子だ。……何だか分からんが、姿形や名前といい……お前に似てるな。」


どこぞの子供が自分に似ているなどと言われたのは初めてだ。
私に似ていると言われた当の本人は、まだ大人が味見をしていないミケの作ったというクッキーを皿から無邪気に手に取って、食べようと口を開けている。
咄嗟にエルの手を掴んで制止させ、先に毒見をするべく、もう片方の手で別のクッキーを取って口に放り込んだ。



「おいエルヴィン、味はどうだ!?」

「………大丈夫だ、美味い。止めて悪かったな、エル、もう食べてもいいぞ」



『ぼくおかし、すきー』と美味しそうにクッキーを頬張るエルの可愛い仕草に、思わず表情が緩まる。
しかし……聞かねばならないことがあるので、その緩んだ頬を引き締め、同じくクッキーを食べているナイルに向き直った。



「ナイル、アサギ・コールマンの経歴について知ってることを話してもらいたい。」



やはりその事かと、深くため息をつき明らさまに嫌そうな顔をして、視線をエルに落としたまま、ぽつりぽつりとナイルは喋り始めた。



「アサギは……12歳で入団し、15歳で憲兵団、25歳位に体調不良で退団。そして、この間調査兵団に再入団し、今に至る……」

「それは誰でも調べれば分かることだ。お前も知っているだろうが、彼女の能力やスキルは並み外れている。討伐数こそまだ0だが、リヴァイの班員よりも上かもしれない……実際リヴァイが自分の班に欲しがっていたくらいだからな。しかし、彼女は『最前線は動きにくい』と言いハンジの班を希望してきた。その言葉の意味を問うも、『復帰して日も浅く、リヴァイ班と打ち解けてない為チームプレーに支障を来すといけない』とのことだが……どうも色々と腑に落ちない。……彼女が過去に兵団にいた間、私は1度しか彼女を見たことがない。同じように彼女の噂は知っていても、姿を見たことがないという人間が多いんだ。ここまで才のある者がどうして兵団に埋もれていられよう……」

「…………。」

「考えられるのは二つ。『諜報部』と関係ある事をしていたか、或いは『中央憲兵』と……か。」



的を射たことを言ったのだろうか、アプリコットジャムの乗ったクッキーを齧るナイルの口が止まった。



「……これだから勘が鋭いやつは好かん。なぁ、エル?」



名前を呼ばれ、話の内容も分からないのにウンと笑顔で頷く無邪気なエルによって、自分が悪くしたその場の空気が一瞬で明るくなった。


しかし、ナイルのやつ、見た目は何でも簡単に喋りそうなのに口の堅い奴だ。
何をどこまで知っている……言いたくないのか、言えないのか……
アサギがただの一般兵なら、どこのどういう部隊で何をしていたか等を隠す理由などない。
知っていた上で頑なに口を割らないとなると……

……アサギの過去にこいつも関係しているのだろうか……






「エルヴィン……紅茶が死ぬほど苦い……、と言うかこれ紅茶じゃねえぞ……」

「!?いかんエル!飲むな!」








依然として、五里霧中である…―――


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