11. 情意投合


すっかり温くなった湯を、浸かりきれてない冷えた肩口に掛けて誰も居ない湯船に足を伸ばす。

古傷が痛む季節になってきた……

開けっ放しの高窓から顔を覗かせている十六夜の月を眺めながら、今一度、肩の疼く残痕を労るように湯を掛けた。



『……俺が…気が向いたときに相手してやる―――…』



まだ……頭に残ってる。

どういうつもりで言ったのか、彼の言葉の裏を探るもよく分からない。
ただの気紛れか、はたまた単なる同情か。
思わず一人になるのが怖いなんて言ってしまったからいけなかったんだ……何で言っちゃったんだろう……
同情なんて、誰からもされたくないから弱さを見せたくないのに。



『―――だから……お前も気が向いたらでいい、少しずつでいいから“武装”を解いて本当のお前を見せろ。分かったな』



やはりナイフを忍ばせていたのに気付いてたのね。
何だか全てを見透かされてる気分……。


リヴァイ兵士長……
壁内では人類最強の英雄的存在で知らない人がいないほどの有名人。
顔や身長が低めなのは以前見たことあるから知ってたんだけど、ここで生身の彼を見てその神経質な性格に驚いた。
そして元ゴロツキの粗暴な態度とは裏腹に、部下や仲間に対する面倒見の良さから皆から慕われていて……

……不思議な人。



それにしても、……本当の私……か…



知ったところで何の意味もないじゃない。
私に限ったことではなく、“見られたくないもの”は誰にでもある筈。
それが少し他の人より多いだけ。

……この身体もその見られたくないものの内の一つで、遅い時間に入浴して今日まで何とか人に会わずにこれたんだけど………

――…今晩はそうもいかないようね。



脱衣所に入ってきた人の気配に息を凝らす。


こんな時間に入ってくるなんて誰かしら……この人が浴室に入ってきて身体を洗い始めたら出よう。
浴槽に二人至近距離で浸からなければ、そう見られることも無いだろう。

……が、相手が悪かった。



「そう嫌そうな顔しないでよ、……アサギ……。」



湿気を含んで重くなった木製の引き戸が開いて、浴室に入ってきたのは……
ハンジさん以外で私の過去を知る者の一人、




―――同期のナナバ―――






















私が浴室に入り、戸を閉めると同時にアサギが湯槽から立ち上がり出て行こうとしている。
そうはいかない、アサギと二人になる為にわざわざこの時間に風呂へ来たのだから。



「そんな慌ててどこ行くの?髪、洗ってないみたいだし…まだ入ったばかりなんだろ。」

「……。」



渋々とながらも、諦めたのか落ち着いた動作で再び浴槽に浸かった。
ゆっくりしてたらまた逃げられそうなので、身体洗うのは後回し、かけ湯をして湯船に入りアサギの近くに腰を下ろした。



「アサギと一緒に風呂浸かるなんて何年振りだろう。」

「……訓練兵の時以来ね。だけど、あの頃はナナバと二人でこんな風に話をしたことは無かったわ。」



4人で入るとキツいくらいの浴槽に、付かず離れずの距離を保ち二人並んで語らう。




「そうだね。もう今だからハッキリ言うけど、正直なところ……私はアサギが好きじゃなかった。」

「……知ってる。」

「何が嫌いかと言われると上手く言えないんだけど、多分……アサギは“私の持ってない物”を持っているから。女としての魅力だったり、頭の良さや、強さとか。それを鼻に掛けないような謙虚な所も嫌味だと感じてしまうんだ……私の方が余程嫌なヤツなのかもしれないね。ただ……こうやってそれを認めた上でアサギと向き合って喋れるようになったのは良い傾向だと思う。それだけ年取って丸くなったってことでもあるんだけど。」

「……ナナバ……」

「生き残ってる女の同期は…もう、アサギと私だけだ。その私達もいつ死ぬか分からない……だから今までのような私達では駄目だと思う。訓練兵以来、ちゃんと話すことも無いままアサギが体調不良で退団した時、凄く後悔した。同期の私よりもハンジさんの方がアサギの近況を知っていたんだ…私の方が長い時間一緒に居たのに、その私はアサギが退団して暫らく経った後に知ったよ、アサギが調子悪かったこと、それが原因で兵士辞めたってことも……。もっと同期を大事にすれば良かったと自責の念に駆られてツラかった。もっと話のできる同期だったなら、相談の一つでも聞いてやれたのに…と。でもアサギがこうやって戻ってきたのも何かの縁かもしれない。だからこれを機に、大事な“同期”としてやり直させてくれないか、アサギ。」



私が手を差し出すとアサギは驚いた顔をしたが、微笑んでゆっくりと……強く握り返してくれた。




「こちらこそ、改めて宜しく、ナナバ。……何だか、恋人との仲直りみたい」

「あぁ。……そうだね。」





重なった彼女の手は、私のよりも小さいのに、温かくて……
積年のわだかまりがあっと言う間に解けていき、嬉しくて目頭が熱くなるのを感じた。

だが……
人肌と同じくらいの温い湯で、湯気も立っておらず視界がクリアだったため、彼女の白い肌に刻まれた沢山の傷痕が目に飛び込んできて浮つく気持ちが現実に戻された。






「にしても……身体の傷、増えたな」

「……。お互いにね」




確かに、私も調査兵団歴が長い分、他の若い兵士達よりも負った傷は多い……が、アサギは違う。
憲兵に昔所属していた時の傷もあるだろうが、それにしても傷が多い上に新しいものもあって不可解だ。


それにこの傷……




「……もう随分と前の話だ。幹部が暗殺されそうになったのを側近の女兵士が庇って撃たれたっていう噂を聞いたことがある。その殺されかけた幹部も、女兵士も誰なのか分からないし、話自体の真偽も定かではないんだが……。恐らく、内部に刺客がいるとマズいからと上が公にしたくなかったんだろうな…」

「…………そう、初耳だわ。」



アサギはそれとなく顔を叛けると肩の銃痕を隠すように、身体をゆっくり首まで沈めた。
貫通していたのか、前にも背面にも同じような銃痕がある。

アサギの反応からして、間違いなくその話とこの傷とが関係あると思うのだが……触れて欲しく無さそうなのでこれ以上詮索するのは止めた方が良さそうだ。



「……色々……、あったんだな……アサギ。」

「……。今はまだ……心の傷の方が癒えてないからダメなんだけど……いずれ話すから……。生きていれば、の話だけど」

「分かった。じゃ……お互いにまだ死ねないな」

「そうね。私もあなたから色々聞きたいし。ゲルガーとの事とか……」

「ちょ……どうして知ってるの?!誰から聞いたの?!」

「分かり易いわね、顔真っ赤。ハンジさんから少し聞いたの。好きなんでしょ?彼のこと。」



……話が話だけに不覚にも取り乱してしまった。
でもそんな私を見て面白かったのか、初めて私に向けて砕けた笑顔を見せてくれたので、こちらまで少し嬉しかったりするんだけど……っていうか、『分かり易い』って台詞はそっくりそのまま返すんだから……
それにしても……ハンジさんったらもう!



「……彼は……、ただの同僚で……。特別な感情は………持っては…いけないんだ……」

「まるで自分に言い聞かせてるようね、ナナバ。私はそうは思わないわよ?私達だって人間なんですもの、恋だってするわ。合縁奇縁、たまたまナナバが好きになった相手が“兵士”だったというだけで、“兵士”だからと諦めなければならないような根拠とか規則は何もないわ。こういう……明日が約束されていないような仕事をしているからこそ、人間らしく生きてもいいんじゃないかしら。それに兵士同士のカップルなんて、ザラにいるじゃない。」

「でも……」

「ゲルガーも幸せ者ね。こんなに男女両方の兵士からモテてるナナバから想われているんだもの。そういえばモテてる人って本人が一番自覚無いことが多いのよね、貴女みたいに。どうしてなのかしら。」

「……それを言うアサギもそういう人間の一人だと思うんだけど……。」

「とにかく、ゲルガーと二人で過ごす時間を作るといいんじゃないかな?食事の時隣に座るなり、訓練でペア組んだり……」

「それが……あいつ、訓練とかでも私とペア組むのが嫌みたいなんだ。『何が悲しくてお前と組まなきゃならねぇんだ』って今日も訓練時に言われたし……」

「うーん……それって、一概には言えないけどゲルガーはナナバのこと好きなんじゃない?」

「ッえ?!そんなこと……」

「可能性はあるわよ。彼、そういう少年みたいなところあるし。ほら、好きな女の子には余計に反発しちゃったり、意地悪したり……心当たりあるんじゃない?」

「まぁ……無くもないけど……」



そう言われてみれば思い当たる節は多々ある。
私のことを“男”だと罵ってきたり、訓練で同じ班になると露骨に嫌な顔したりするくせに……結局はいつも優しいんだ。
そういうところに私が勝手に惹かれてるんだけど、でも……だからといって彼が私を好きだとは限らない。

……私のことを彼が嫌いだったのなら……私勘違いして馬鹿みたいじゃない。



「相手が自分をどう思っているかではなくて、先ずは自分の気持ちに素直に行動してみたら?諦めるのはそれからよ。……なんて、私が貴女に偉そうに言うのも何なんだけど。」

「そうだな……。もうこの年にもなると若い頃の無鉄砲な恋愛と違って、あれこれ考えちゃって奥手になりがちなんだ。誰かを好きになったところで、いつ死ぬかも分からない。だから恋愛なんて下らないと決めつけてた。でも……兵士だからこそ、人間らしく……か。少しは希望が見出だせたような……気がするよ、ありがとう。しかし……アサギに恋愛を諭される日がくるとは思わなかった。」

「私もナナバとガールズトークする日が来るとは思わなかったわ。」






――――目が合うと同時に笑みが溢れる







「そういや、前から言いたかったんだけど、アサギって着痩せするタイプだよな。その胸、少しでいいから分けてくれないか。」

「真顔で言わないで!あげられるものなら、本当貰って欲しいわ…肩凝ったりして厄介だもの。ナナバだって身長高くてスタイルいいし、透き通るように綺麗なブロンドの髪も素敵じゃない。」







―――――アサギと、こんな風に笑い合える日をどれだけ待ち望んでいたことか。







君の言うように……


素直に生きてみることにするよ…アサギ――


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