10. 一虚一実


この古い木造階段を登って…

辿り着いたその廊下の先に、

ここ数日の行動パターン通りなら、アイツが――





階段の最終段をキシリと踏みしめる。
必要最低限の個数しか設置されていないウォールランプのキャンドルが揺れる薄暗い廊下の向こう……資料室のドアと床の僅かな隙間から漏れるランプの暖かいオレンジ色の光を三白眼の不機嫌そうな瞳が捉えた。
その光を手繰り寄せるように迷うことなく一直線にそこへ足を進め、ドアの前で立ち止まる。

寄宿舎の幹部連中がいるこの階一番奥にエルヴィンの部屋があり、その隣に会議室を兼ねた資料室が設けられていた。
アイツはここでの生活が始まってからというもの、毎晩深夜までここに篭って何かをしている。
お蔭で“お隣”に気兼ねすることなく、部屋ではいつも通りに過ごせているが……アイツが何をしているのか、何者なのか、とにかく気になって仕方が無い。
新兵と同じ扱いをして欲しいと、エルヴィンやハンジ、俺に言ってくる割にやることなすこと新兵のレベルじゃねえ。
立体起動の訓練なんて俺の班の奴らと同等か、それ以上だった。
俺の個人的なアイツへの“邪念”は別として……とにかくこの渦巻く懐疑心を何とかしたい。
その一心でドアノブにそっと手を伸ばした。

無音でゆっくり開くドアの隙間から室内の明かりと、古い本の匂いに紅茶の香りが混じって零れてくる。
ランプの光に満ちた部屋の中央に備え付けられた大きめの机の一番奥に、両手で頬杖ついて俯き本を読んでいるアサギを見つけた。
ドアを開けたのに、ピクリともしない。本を読みながらそのまま眠ってしまったのか……いや…コイツは起きていて間違いなく俺に気がついている筈だ。

それを確かめる為に、手に握っていた制服の白シャツのボタンをアサギに向かって投げつけた―――

すると思った通り、彼女は素早い身のこなしで顔を上げてボタンをキャッチした。
無意識で取ってしまったのだろう、投げられた物が何だったのか手のひらをちらと確認して、こちらに向き直った目がかち合うとあからさまにしまったという顔をしたのを見逃さなかった。



「……リヴァイ兵長……もう、ビックリするじゃないですか……。『おーい』とか『もしもーし』とか、何か声掛けて下さ――…」

「なぜワザと負けた」

「え?一体何のこと……」

「質問に答えろ。どうしてワザと負けた」

「……。遅かれ早かれ負けてましたよ。リヴァイ兵長に敵う相手なんて居ませんから」

「答えになってねえ……1つしか質問してないだろうが。俺が穏やかにしてるうちに答えろよ」



ツカツカとアサギの後ろに回り込み、威圧感を感じるくらいピッタリと近い距離に立った。
コイツのことだ、平静を装っているが後ろを取られるのはさぞ不快なことだろう。



「答えたくないなら、喋りたくなるようにしてやろうか……」



肩に手を置き、触れてしまいそうなくらいアサギの耳元に顔を近付け、低い声で言ってやった。
別に拷問をしてやろうだの、ガキ共の言っていた様に手篭めにしてやろうなんて思っちゃいない。
単に鎌をかけただけだ。
この状況で普通の女だったら、嫌なら拒絶、そうでないなら恥じらう等の反応が何かしらあったりするもんだと思う……が、コイツは机に視線を落としたまま顔色も変えず微動だにしない。
俺の予想通りの反応だ……しかし、先程までと同様に普通を装おうとしているのなら、止めてくれ等と思ってもいないような事を何か言っただろうが、そうではないようだ。

……隠すことを諦めて話す気になったか?



「………私を、女として扱って下さってるんですか?」

「――…あ?お前は女だろうが。……実は男だとか、そんな下らん冗談今は言う場面じゃねぇぞ」

「いえ、性別は正真正銘女ですが……昔、祖父から古武道を習っていたので、その辺の男の子達と喧嘩で負けたことなくて“女扱い”をあまりされたことが無かったもので……だからリヴァイ兵長とも、あれ以上本気で戦っているとまた昔のように、変わり者を見るような目でこの兵団の皆から見られるようになるんじゃないかと思ってしまったんです。まだ調査兵団入ったばかりだし、ギャラリーも多かったことですし…。それに今日のはわざと負けた、と言うよりも、そうやって不安になって隙を見せた瞬間に一本取られたといった方が語弊が無いかと。でも、次は隙を見せませんからね!」



……予想外の回答に面食らって見事に足元掬われた。
それが戯言で、本当の答えじゃねえのは分かっていた……が、今はそういうことにしてやってもいいと思った。
そうやって恩を売っておくことで、今日のことをきっかけに少しでもアサギの核心に近付けるのなら……

どうせ今日のを見てた奴らでアサギが俺に態と負けたと気付いているやつも居ないだろうしな。



「……まぁいい、そういうことにしておいてやる…」

「……。ありがとうございます……。―――…リヴァイ兵長は、お風呂帰りですか?石鹸の良い香り。」

「あぁ。お前はいつも最後の方に入っているな、なぜだ」

「新参者があまり早くに入っちゃうのは良くないと思って……」



会話をしつつ、アサギの横の席に座り、机の上を見渡す。
部屋を照らす小さなランプに、巨人に関する本が数冊、トレーに乗ったティーポットと2つのティーセット。



「2客……誰か来るのか?」

「カップはハンジさんがたまに来るので予備を持ってきてるんです。でも、今日はもう来ないでしょうから、一服いかがですか?丁度飲み頃ですし。」

「……貰おう」



彼女は立ち上がり、ティーポットを手に取ってスプーンでティーポットの中をひとかきし、茶漉しで茶殻をこしながらカップに注いでいく。
日中に見せる女兵士の顔ではない、その美しい所作に心惹かれる。



「正しい入れ方を知ってるんだな。」

「昔、母から習いました。最後の一滴、ゴールデンドロップは兵長殿に。どうぞ、まだ熱いので気をつけてくださいね」



目の前に振舞われた紅茶の色は、自分がいつも食堂で飲んでいるものよりも濃いものだった。
カップを持ち、その芳しい香りを嗅いでいると、アサギがこちらをジッと見ているのが視界に入る。
カップの持ち方にでもケチつけるつもりだろうかと思ったが、何も言ってこないので、そのまま無視して一口飲んだ。



「……濃い……」

「ミルクティに合う品種をストレートで入れていますから。本当はミルクがあればいいんですけど……」

「いや、……悪くない。この茶葉はどうしたんだ?」

「お眼鏡にかないました?これは兵団に復帰する前に市場で買ったんです。私、紅茶好きなので。」



彼女はスプーン3杯の砂糖を入れると、カップを持ってフーフーと口を尖らし冷まし始めた。
案外甘党で猫舌なんだな……



「あ、リヴァイ兵長もお砂糖、ご入用でしたか?」

「必要ない。」

「――…ところで……どうして今日、私と対人格闘組んでくださったんですか?」



どうして、だと?
そんなもの……偶然ジャンと組み合ってんのが目に入って無性に腹が立ったからに決まってんだろ……



「エルヴィンからお前の面倒を看るよう言われた」

「……え?そ、そうなんですか?」

「……、俺が関わる訓練の時だけだがな。」



……しまった……

私的な理由を誤魔化そうとして、うっかりすぐに足が付くような馬鹿げた嘘をついてしまった……完全に失敗だ。
もう言っちまったもんは仕方がない、後々面倒なことにならなきゃいいが……



「それはそうと、アサギよ。上から二番目のボタン、取れてるぞ」

「ボタン?あ、本当だ………あぁ、だから部屋入ってきた時にボタンを投げてきたんですね!でも、いつ取れたのかしら……。もしかして兵長が拾ってくださってたんですか?」

「対人格闘でお前の胸倉掴んだ時に取れた。落ちたことに気付いてねえみたいだったから俺が拾っておいた。」



『ありがとうございました』と小さく言うと、場所が場所で恥ずかしいのか、その胸元を隠そうと袷を手繰り寄せている。
頬をほんのり赤らめているところを見ると、全く今まで気付いてなかったようだ。

可愛いとこもあるじゃねぇか……

てか、クソメガネも傍で飯食ってたなら気付いたろうに、言ってやれよ。



「あと……お前は毎日ここで何をしている。この本、ここのじゃねぇだろ。」

「これ、ハンジさんから借りてる本なんです。少しでも巨人について知っておきたいので、ここで毎晩読んでるんです。」

「だったら自分の部屋でやりゃあいいだろ、わざわざここに来る必要無えじゃねえか。」

「…………一人で…部屋にいるのが怖いんです……。どう言えばいいのかしら、少しでもこういう、誰でも出入りできるような公共の場に身を置いていたいというか……人恋しいというか……。ごめんなさい、私……ッ、何言ってるのか分からないですよね、忘れてくださ…「俺が……」」

「……俺が…気が向いたときに相手してやる。」

「……リヴァイ兵長……」

「だから……お前も気が向いたらでいい、少しずつでいいから“武装”を解いて本当のお前を見せろ。分かったな」



視線をアサギの臀部のハーネスに備え付けられた携帯型ナイフに落とす。
苦笑しながらも首を縦に振ってくれたアサギに、馳走になったと言い残して部屋を出た。





俺は―――……

アサギを遠ざけたいんじゃないのか……?

全てにおいて裏目に出てやがる。




…しかし……




紅茶にはリラックス効果があるというが……


きっとあの美味かった紅茶のせいなのだろう。


最後に言いたいことが言えたのもあるが、どこか……スッキリして清々しい。




―――今晩は久々にグッスリと眠れそうだ……


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