【???side】


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〜十数年前〜



 霧雨の中、足音を殺すようにして走る男がいた。その腕に抱かれているのは、まだ四、五歳ほどの子供だ。薬を嗅がされてぐっすりと眠り込んでいる幼子は、肌を刺すような寒さの中でも目覚めることはない。

 男が辿り着いたのは、森の奥に建てられた猟師小屋だった。戸を叩くと、かんぬきを開ける音が響く。

「……つけられたりしなかっただろうね?」

「んなヘマはしねぇよ」

 猟師小屋に招き入れられた男は、深く被っていたフードを取った。年齢は二十ほどの、目つきの鋭い青年である。その青年から子供を受け取ったのは、銀色の美しい髪をした三十ほどの男だった。片足が悪いのか、引き摺るようにして歩いている。

「ケガは?」

「ない。薬を嗅がされて眠っているだけだ」

「そうか。よかった……」

 男は子供をベッドへと降ろし、濡れた衣類を取り払うと、清潔なシーツで体を覆った。外套を脱いだ青年も暖炉の火で冷え切った体を温める。

「しかし、話には聞いていたが、精霊と契約できないからって本当にガキを殺すんだな」

「ノーブレン家の執事はなんと?」

「遺体は森の奥に埋めろってさ。用意された毒はあんたに渡された薬とすり替えたから、あっちもガキは死んだもと思ってるだろうよ。遺体を確認しないあたり、杜撰だよな」

「それでも、危険な仕事だった。この子を助けてくれて、ありがとう」

「別に。あんたには、返しきれねぇ恩があるからな」

 パチリ、パチリ、と火が爆ぜる音が室内に響く。男はもう一枚、毛布を子供の体にかけた。

「このガキは、あんたの甥になるのか?」

「私とノーブレン家の現当主は異母兄弟だから、そうなるね」

「精霊に愛された血筋、だっけ?そんな家じゃなきゃ、先生もこのガキもお貴族様のまま、裕福な暮らしができたのにな」

 先生、と呼ばれた男は、困ったように微笑んだだけだった。男もまた、子供の頃に毒を飲まされ森に遺棄されたのだという。しかし、男は生き延びた。採取のために、たまたま森に入った薬師に助けられたのだ。

 ノーブレン家の深い闇。精霊に愛された血筋ともてはやされ、直系の血筋に産まれた子は、例外なく精霊と契約することができた。その裏では、未来視ができる精霊によって、子供の選別が行われていた。精霊と契約できる子供のみを残し。その他の子供は毒を飲ませて殺し、遺体は深い森の奥に遺棄していた。

「この子には軽い暗示をかけよう。ノーブレン家での記憶は忘れたほうがいい」

「そうだな。仲のいい兄貴がいたみたいで、ずっとそいつの名前を呼んでたぜ」

「ならば、なおさら忘れないと。これからは貴族とかかわりのない、平民として生きるのだから」

 沈黙が降りる。小屋の外に降る霧雨の音が強くなった。しばらくして、男が暖炉に薪をくべるために立ち上がる。

「……朝になったら移動しよう。あまり遅いと孤児院のみんなが心配するからね」

「了解。俺はもう少ししたら、森の様子を探ってくる」

「頼んだよ」

「あ、そうだ。こいつの名前、どうすんの?」

 暖炉に薪をくべた男は、しばらくしてから誰にともなく呟いた。その言葉を拾った青年が、微妙な表情を浮かべる。

「雨が降ってたからって、安直じゃないか?」

「違うよ。やまない雨はないだろう?この子の往く道が辛く険しいものでも、いずれ雨はあがる――そんな意味を込めてみたんだ」

「ふぅん」

「そうだね……この子は赤子の頃に孤児院に引き取られたということにしよう。両親の情報は少なくていい。そのほうが信憑性も増す」

 ベッドに腰掛けた男は、ぐっすりと眠る子供に微笑みかけた。



「君はどんな未来を生きるのだろうね、“レイン”」

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