精霊の囁き


 キラキラと、ガラスの破片のようなものが降ってくる。しかし、それは地面に落下することなく、光の粒子となって消えていった。

 キリアを守るように覆っていた結界も消え。聖堂の床に倒れたルリメリーの体がじょじょに淡い光となって溶けていく。契約精霊に駆け寄ろうとしたキリアは、結界が途切れた瞬間、聖堂に駆け込んできた兵士達によって捕らえられてしまった。

「ルリメリー!!」

 彼らの望みは潰えた。精霊の宝玉は壊されてしまったけれど、それ以外の被害を食い止めることはできたと言えよう。しかし、気持ちは少しも晴れなかった。彼らの気持ちが痛いほどわかってしまったから。

 それは俺だけでなく、ナジル達も同じだった。やり切れないといった表情で、キリアとルリメリーを見詰めている。

「レイン」

 戦闘を終えたデュラクルが、こちらに戻って来る。労るように頬に伸ばされた手は温かく。思わず涙が零れそうになる。その手にすがりつきたくなる気持ちを叱咤し、俺は聖堂の床に横たわるルリメリーの元へと向かった。

 ユミアさんとランウェルさんが駆け寄ってくるが、デュラクルによって制止される。なにも言わなくても、デュラクルはわかってくれたようだ。ありがとう、と言葉には出さずに心中で呟いた。

 精霊信仰がもたらす弊害を理解したつもりだった。自分もその被害者であると、そう思っていた。でも、それはあまりにも根深く、あの陛下をもってしても払いきれない闇なのだと実感した。

「……あなた達のやったことは、けっして許されることじゃない」

 ルリメリーの空虚な瞳が、こちらへと向けられる。契約者を目の前で奪われた、その絶望は、怒りは想像することもできない痛みだっただろう。

「でも、その意志を俺は受け継ごうと思う」

『……?』

「やりかたは違うけれど、俺なりの方法で精霊信仰をよいものへと変えていきたい。ここであったこと、そして、過去に起こったこと、ノーブレン家の大罪も。すべて公表しよう」

 ルリメリーの目がわずかに見開かれた。

「すぐには変えられない。強制することは、大きな反発を生む。でも、少しずつ。少しずつみんなの認識を変えていくことができたなら――きっと、百年後、二百年後は変わっているかもしれない」

『……は、ははっ』

「ルリメリー?」

『なんで。なんで、お前は、あの子と同じことを言うんだろうね……』

 虚無を映したかのようなルリメリーの表情が、くしゃくしゃに歪んだ。そんな契約精霊の姿を、キリアも呆然と見詰める。

『お前も、さっさと学園から逃げればよかったのに。あの子といい、どうして、強情な奴ばかりなんだ。……本当に、さっさと逃げてくれれば――』

 消滅が進む。その時、聖堂のステンドグラスから一筋の光が差し込んだ。光の帯のようなものが、優しくルリメリーに降り注いで。

『……そう。ずっと待っていてくれたんだ』

 穏やかな笑みが浮かんだかと思うと、ルリメリーの体は溶けるかのように消えた。まるで最初から、そこにはなにもなかったかのように。ただ、その終焉を嘆くように、キリアの慟哭だけが響いた。

 不意に、視界が闇で閉ざされたかと思うと、聖堂から外に移動していた。目の前には美しい湖が広がる。先ほどまでの緊迫した空気が嘘のようだ。

「ここは……」

「お前を見つけた場所だな」

「そうだ、ナジル達は……!」

「すぐに手当を受けるだろ。あとは俺達の出番はない」

 デュラクルの手が伸びて、俺の体を覆うように抱き締めた。もしかして、この場所に移動したのは彼なりの気遣いなのかもしれない。

「精霊の宝玉、壊れちゃったね……」

「問題はねぇよ。宝玉に匹敵するレベルの精霊が、橋渡しすればいい。まあ、この国の王は闇の精霊王と契約してるし、俺が妥当なところだろうな」

「……じゃあ、宝玉を壊しても意味がなかった?」

「いや。俺が橋渡しするせいで、闇の色が濃くなる。光の精霊には毛嫌いされて寄りつかなくなるし、宝玉の時のように上手く渡って来られない精霊も出て来る。おそらく、契約数は激減するんじゃないか?これは、他の高位精霊が橋渡ししても同じことだ」

 彼らがやろうとしたことが、けっして無意味ではなかったことに安堵する。我ながら矛盾しているなと、苦笑した。

「心配かけてごめん」

「お前のせいじゃねぇよ。お前はなにも悪くない。だから自分を責めるな」

「うん……」

 自分にできることがもっとあったのではないだろうか、と思うこと自体が傲慢だ。精霊王の弟であるデュラクルと契約しても、あの場において、宝玉の力を得たルリメリーを破壊する以外の手段を持たなかった。

 ――でも、悔しい。

 ルリメリーとキリアの気持ちを痛いほど理解できるが故に。

「陛下に頼まれたからじゃない。リアスのためでもない。俺は、俺の意志でこの国を変えたい」

「本当にいいのか?俺と二人、現世の喧噪が届かない場所で穏やかに暮らすこともできる」

 デュラクルが甘く囁く。俺にとって、それはもっとも楽な選択だろう。デュラクルだけが世界のすべてで、その力に守られながら平穏に一生を終える。以前の――この場所で一人きりでいた自分なら、躊躇いもなく頷いていたに違いない。

 でも、知ってしまったから。

 消滅するとわかっていても、この世界を変えようとしたルリメリーとキリアの覚悟を。

「もう決めたんだ」

「そうか」

「だから、デュラクル。ずっと俺を見てて」

 きっと、上手くいかないことだらけの険しい道程で、くじけそうになることもあるかもしれない。でも、デュラクルが側にいてくれるのなら、きっと迷うことなく進める。

「ああ。お前が望むなら」


 目を細め、うっそりと精霊は笑った。







 フォルシェル歴四百十年。第十九代フォルシェル国王が崩御。若干十六歳の王太子リアスが第二十代国王に就任。歴代国王において、精霊と契約しない初の王となる。

 リアス王は精霊信仰において、負の側面である精霊の契約者の特権化、貴族内部に蔓延る精霊信仰への依存を緩和することに尽力したと伝えられている。二百年という長き月日をかけ、精霊への依存から脱却し、後世への繁栄に繋がったフォルシェル国は、精霊信仰を深めた結果、国力の衰えを招き滅亡へと至ったレガート公国との対比として、しばしば用いられることとなる。

 改革王として称えられるリアス王を支えた臣下達の逸話も多いが、なによりも生涯、国王の支えとなった王兄レインの話は、彼の契約精霊共々、歌劇の定番演目となるほど広く語り継がれている――。


   ―END―
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