覚悟
「ルリメリー! 僕のことはいい。他の宝玉を壊しに行ってくれ! 今の君なら、契約者が死んでも精霊界に戻されることはないはずだ!」
結界の中から、キリアが叫ぶ。それにルリメリーが悔しげに顔を歪めた。この場にキリアを置いて行くことに躊躇いがあるのだろう。キリアを殺したところで、精霊王の力を得たルリメリーはデュラクルのように己の力のみでの存続が可能だ。
しかし、ほんのわずかな可能性に賭けた者達によって、キリアは殺されてしまうかもしれない。キリアはすでに己の死を覚悟しているのだろう。まっすぐな眼差しをルリメリーに向けた。
「お願いだルリメリー。僕の願いを叶えてくれ!」
『……キリア』
契約者の懇願にルリメリーは意を決したようだった。口を引き結んだかと思うと、いくつもの水流を竜巻のように回転させ、デュラクルを遠ざける。転移するチャンスを窺っているのだろう。しかし、デュラクルもそうはさせまいと、闇の粒子でルリメリーを丸ごと包み込もうとする。
傍から見ても、双方の力が拮抗しているのは明らかだった。
「さすがは宝玉の力だな」
『うるさい。精霊王と同等の力ってことは、ボクはお前よりも強いってことだ!』
さらに強大な力と力がぶつかりあう。俺はラングウェルさんが結界を張ってくれているから平気だけど、聖堂が吹き飛んでしまいそうなほどの勢いだ。
ナジル達は、と捜せば、おそらくランウェルさん達と一緒にきたであろうマーリンが、必死に結界を張っているところだった。キリアの協力者――いや、王兄の部下だった教師達は、すでにマルクスとナジルによって無力化されていた。学園長はすでに逃げたのか、姿が見えなかった。
「ランウェルさん。怪我は」
「殿下にお力を分けていただいた。精霊界に戻って回復する暇はなかったからな。とはいえ、ユミアは頭に血がのぼっているな。あれでは、すぐにバテてしまうだろう」
やれやれ、とでも言いたげにランウェルさんは首を振った。緊迫した状況なのに、いつも通りのランウェルさんに思わず力が抜けてしまう。ユミアさんはキリアを覆っている結界を壊そうと試みているが、なかなかうまくいっていないようだった。
そう。キリアを覆う結界は消えていない。
ルリメリーはきっと、ギリギリまでキリアを諦めたくはないのだろう。その証拠に、ユミアさんがいくら鞭を振るっても、結界にはヒビひとつ入らなかった。
「このままじゃ、聖堂が崩れるんじゃ」
「問題はない。ここは元々、宝玉を守るために造られ精霊王によって強化が施された場所だ。殿下が本気で暴れてもびくともしないとでも言えばいいか?」
「すごくよくわかった」
転移するために、空間が渦を巻く。それをデュラクルは一つ一つ的確に潰していく。精霊王と同等の力を得たにもかかわらず、ルリメリーはデュラクルに手を焼いているように見えた。
変化は唐突に訪れた。
ビシ、ビシリ、とルリメリーの体にヒビ割れのような亀裂が走る。それに気づいたルリメリーは、体を修復しようと試みるが、デュラクルの猛攻によって対処できずにいる。
「殿下の目的は、あの精霊に力を使わせることだ」
「え?」
「精霊王の力を内包するだけならば、数日間は持つだろう。しかし、あのように乱発していれば、器のほうがもたない。内側から壊れて、消滅するだけだ」
おそらく、ルリメリーもデュラクルの目的には気づいているだろう。だが、気づいたとしても、対処できるかといえばそうではない。器の修復に力を使えば、あっという間にデュラクルに押し返されてしまう。だからといって、ヒビ割れた器を放置したままでは、すぎた力に呑み込まれ己が消滅してしまう。
ルリメリーにはもはや、起死回生の一手は残されていなかった。わずかに可能性があるとすれば、それはキリアの結界を解いて転移に力を回すこと。きっと彼もそれはわかっている。
「そんな……」
強力な二つの力がぶつかる反動で、聖堂内が激しく揺れる。宝玉を守るための建物でさえこうなのだ。もしも、なんの守りもない場所だったとしたら、一面更地になっていたかもしれない。それほどまでに、精霊王とそれに準じるデュラクルの力は凄まじいものだった。
俺は唇を噛み締めた。これ以上、精霊の宝玉を壊させるわけにはいかない。確かに、精霊信仰は厄介だ。国王陛下でさえ、頭を悩ませ続けてきた問題である。その被害者でもある、ルリメリーとキリアが精霊の宝玉を破壊し、根源である精霊という存在を遠ざけようとする気持ちもわかる。俺だって、デュラクルがいてくれなければ、地獄から抜けだせなかっただろうから。
それ以外に、精霊信仰を終わらせる――もしくは、完全に息の根を絶つのではなく、弱らせるような、ほかの方法はなかったのか。どうしても、そう思わずにはいられなかった。
「レン」
「わかってます。ルリメリーに同情はしません」
もしも俺が彼らを助けてほしいとデュラクルにお願いしたら、その願いは聞き届けられるだろう。精霊は契約者の望みを叶えようとする存在だから。でも、それは絶対にできない。してはいけない。すでに死を覚悟している、ルリメリーとキリアを冒涜する行為だからだ。それに、ルリメリーはきっと、もう……。
「ルリメリー!なぜだ、ルリメリー!!」
キリアが内側から、必死で結界を壊そうと試みる。その両手は真っ赤に腫れあがっていた。自分を見捨てろ、とキリアは叫ぶ。ルリメリーの体に走ったヒビ割れが、さらに広がる。ルリメリーの双眸から、真っ赤な血があふれた。涙のように頬を伝い、地面を汚す。
『なぜ、か』
ルリメリーが笑った。とても、悲しげに。
『覚悟したはずだった。でも、ボクはもう二度と、契約者の死を見たくないんだ――』
パキン、とガラスが割れるような音が響いた。
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