反撃の狼煙
「精霊に依存しすぎて後戻りできなくなる前に、根本から壊す必要がある。宝玉がなくなれば、精霊とも契約はできない。その闇の精霊は例外だけれど。大抵は、精霊の宝玉を通して契約者を捜すからね」
今いる精霊達も、いずれ契約者が亡くなれば精霊界へと還っていく。精霊は徐々に数を減らしていくだろう。キリアはその間に、精霊に頼らず人間だけで生きていく術を模索しろと言っているのだ。
「あなたは我が国を潰したいのですか!?」
責めるようなナジルの問いに、キリアは目を細めた。精霊の宝玉を有する国は、まだある。この国から精霊がいなくなれば、好機とばかりに好戦的な国が攻め込んでくるだろう。
「大丈夫だよ。この地上から、精霊はことごとく姿を消すことになるのだから」
『ボクが他国の宝玉も壊すからね。唯一、精霊王やその弟がいるこの国が厄介だったけれど、こいつのお陰でそれもうまくいった。二、三日程度、体が持てばいい。その間に、この力を使って、存在するすべての宝玉を破壊する。だから安心しなよ。ヴィルが愛したこの国は、滅んだりはしないから』
「我が国が恨まれることになっても?」
『それくらい、甘んじて受け入れなよ。それにボクらは馬鹿正直に名乗るつもりはない。そんな暇はないからね。他国に問責されても、知らぬ存ぜぬを押し通せばいいんじゃない?』
ルリメリーはくすくす笑いながら、キリアの肩に腕を回した。他国に転移するつもりなのだろう。それを許してしまえば、本当にこの世界から精霊が消えてしまう。
俺は気づかれないように、縛られている腕を動かした。ルリメリーの力で声を発することはできないが、体は拘束されているだけで動くことはできる。
床に手をついて、少しずつ体を動かしていく。ルリメリーとキリアは、もう俺を見てはいない。その目はデュラクルやナジル達に向けられている。チャンスがあるとすれば、今だ。
『あいつにはありのままを報告しなよ。真実を知った時の顔を見られないのが残念だ。そいつはどうでもいい存在だけど、騎士団長はあいつにとって信頼する部下だ。その部下が兄殺しに荷担していたなんて知ったら――ふ、ふふふ』
「ルリメリー。もういい。そろそろ行こう」
いや、もうちょっと喋っててください。慎重に、慎重に。あ、やばい。デュラクルに気づかれた。俺から絶対に目を離さなかったもんな。制止されては元も子もない。
俺は全身を使って、真横からキリアに組みついた。ルリメリーの結界内で、まさか攻撃を受けるとは思ってもみなかったのだろう。キリアは驚いた表情を浮かべ、俺に押される形で床に倒れた。さらに俺はその上にのしかかり、引き剥がされないように縛られたままの両手でキリアの服にしがみつく。
『キリア!』
「離せ!」
気づいてほしい。以前のキリアなら、躊躇なく俺を殴っていた。でも、今は肩を押し返そうとするだけで、絶対に手をあげたりしない。それはルリメリーも同じだ。だから俺に構うことなく、結界を攻撃してほしい。
確かに、ルリメリー達がいう通り、時代を経るにつれ精霊という存在の受け止められ方が歪められたしまった。精霊はけっして権力の象徴ではない。象徴にしてはいけない。精霊は契約者に対して盲目だから、俺達人間が強い意志を持ち続けなければいけなかったのだ。
でも、だからといって、ルリメリー達のやり方には賛同できない。精霊がいなくなったところで、俺達が変わらなければなんの意味もないのだ。
バキン、と鈍い音をたてて、結界が壊れる。
デュラルクが真っ先に向かったのは、ルリメリーだ。そう、それでいい。キリアは舌打ちをして、隠し持っていたナイフを俺の首に当てた。
「こいつがどうなっても――」
キリアが言い終えるよりも先に、ナイフが宙を飛んだ。襟を掴まれ、強い力で後方に引っ張られる。俺の視界に黒と金色の髪が映った。
「やられっぱなしじゃ、格好つかないんでね!」
キリアを守るように出現した結界に、ユミアさんが闇を凝縮したような鞭を操り猛然と攻撃する。俺が首だけで振り向くと、至近距離に心配そうな眼差しをこちらに向けるランウェルさんの顔があった。
「すまない。我々が不甲斐なかったばかりに。怪我はないだろうか?」
「大丈夫、です」
ゴホッと、軽く咳がでる。どうやら、結界が壊れると同時に、俺の声を奪っていた力も失われたらしい。
『なんでそいつらがッ!しばらく動けないくらい、痛めつけてやったのに!』
「ああ?俺の部下が、そんな軟弱なわけねぇだろ」
霧のようにも見える細かい闇の粒子が、意志を持つかのようにルリメリーへと襲いかかる。それをルリメリーは水の力ではね除けた。
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