彼らの目的


「国を出奔するだけでは駄目だった。シーヴィル殿下は優秀で人望もあった。なにより、陛下が兄君を慕っていた。どこかでシーヴィル殿下が生きている限り、陛下はけっして王位に就くことはないだろう。むしろ、自らも国を出奔しかねない。そんな危うさがあった。それを上層部が危惧したのだ……」

 学園長は床に目を落とし、言い訳のように過去の出来事を語った。だから自分は悪くない、と言っているように聞こえる。絶対に断れない命令で、むしろ断ったら、自分や家族の命も危ない状況であれば、確かに同情の余地はある。

 しかし、ならば闇の精霊王と契約した弟王子を頼ればいいだけの話だ。兄王子の殺害を命じられたのだと正直に告白すれば、学園長だけでなく家族も守ってもらえたはず。それに、兄王子だって殺害されることもなかった。

 結局のところ、学園長も心のどこかで精霊王と契約した弟王子に、王位に就いてもらいたかったのだろう。だから、抗うことなく命令を遂行した。しかたがなかっただなんて、ただの言い訳だ。

「なんてことを……。それを陛下が知ったら、どう思われるか」

 ナジルは声を震わせながら、学園長を睨みつけた。

『そんなのあいつの自業自得じゃない? 精霊王と契約するということが、どういうことか考えればわかりそうなものだけど。周囲の人間が全員、善人だとでも思っていたのかな。たった一言。精霊王にたった一言、“兄を守って”といえばよかったのに。そういうところは、あのライナって子と同類だよね』

 脳裏を、憂いを帯びた国王の顔がよぎった。彼は二度と同じ過ちを繰り返さないためにも、息子であるリアスに対してできるだけのことをしてあげたいのだろう。

『あいつの無知がヴィルを殺した。ボクは絶対にあいつを許さない』

「陛下に仇なすことが目的なのですか?」

『違うよ。殺したいくらい憎いことには変わりないけど、あんな弟でもヴィルは心から大切な家族だと思っていたんだ。……そんな情、さっさと切り捨ててしまえばよかったのに。だから安心していいよ。あいつには指一本触れない。まあ、本気で殺そうとしたとしても、闇の精霊王が許さないだろうけど』

「では、なぜこのようなことを?」

 ルリメリー達の目的がまったく見えない。というか、これは彼ら的な時間稼ぎでもあるのだ。さっき、『もう少し』と言っていた。なんとなくだが、ルリメリー達に時間を与えてはいけない気がする。

 でも、俺という人質がいる限り、デュラルクは動けない。デュラクルが動けないということは、全員が動けないということだ。俺を無視して動こうとすれば、デュラクルが黙ってはいないから。

 俺は内心で頭を抱えた。ルリメリー達は俺に危害を加えないとわかっているのに、それを伝える方法が見つからない。心の中でデュラクルに話しかけても、ルリメリーの結界が邪魔をしているようでなんの返答もなかった。

「ねぇ、ナジル。精霊信仰って、なんなのだろうね?」

 突然、口を開いたのはキリアだった。視線がキリアに集まる。でも、俺はキリアではなくルリメリーから目を離さなかった。その細い首筋を汗が伝う。心なしか具合が悪そうだ。もしかして、そんな相棒の様子を察知して、キリアは咄嗟に口を挟んだのかもしれない。

「精霊との契約は、人の手にあまる魔獣を退治するためのもの。国民を守るための力だった。それがいつしか、精霊と契約することに重きが置かれるようになった。人を守るための精霊なのに。権力の象徴として扱われるようになってしまった」

「だから、我々はそれを正すために――」

「わかってる。僕もその理念に賛同していた。でも、ルリメリーと出会って、気づいた――いや、気づかされたんだ。人間は醜い。僕らの代で精霊信仰を押さえたとしても、それは一時的なものにすぎない。また、いずれ権力の象徴として扱われるようになる、とね」

 ならば、どうすればいいというのだろうか。“精霊信仰”。それが、根本の原因だ。しかし、魔獣や自然災害を押さえるには、どうしても精霊の力が必要となってくる。精霊はこの世界において、なくてはならない存在だ。

 なにかが、頭の隅で引っかかる。

 なぜ、ルリメリーとキリアは宝玉を盗んだのか。精霊の宝玉は、精霊界と人間界を繋ぐもの。二つの世界の境はとても不安定で、下位の精霊は宝玉なしでは人間界に渡ることはできない――。

 では、その宝玉を破壊したら? ……いや、駄目だ。この国の宝玉を壊したところで、他国にもまだ宝玉は残っている。フォルシェルの国力を落とすだけで終わりだ。

『キリア』

 ルリメリーがキリアを呼んだ。その顔はとても辛そうだったが、笑みが浮かべられていた。仄暗い、笑みが。

『宝玉の力を全部吸収し終えた。これでボクは、精霊王と同等の力を得た』

 キリアはそう言って、体内から取りだした宝玉を床に落とした。垂直に落下したそれは、大きな音を響かせて粉々に砕け散る。続いて、学園長の悲痛な叫びが聖堂に木霊した。

「ずいぶん辛そうだとは思ったが、やっぱり吸収してたのか」

 デュラクルが平然とした口調で告げる。それに猛然と噛みついたのは、ナジルだった。

「待ってください。宝玉から力を得たとして、なぜそれが精霊王と同等の力を得たことになるのですか!?」

「宝玉は精霊王の亡骸からできている。それくらいの力でもなきゃ、精霊界と人間界を繋げることなんてできねぇんだよ。そして、精霊王の亡骸なんざ、早々に手に入るもんでもない。壊されたら、数百年は手に入らないだろうな」

「そんな……」

「だが、精霊王の力は絶大だ。ルリメリー。お前の体は――いや、魂は長くは持たない。数日の内に力を抑えきれず消滅するぞ。……契約者を道連れにしてな」

 一瞬、ルリメリーの唇がぴくりと動いた気がした。しかし、キリアがその肩に優しく触れる。

「ルリメリー。何度も言ったけど、僕のことは気にしなくていい。覚悟のうえさ」
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