リリーという精霊


 たった数時間、会っていないだけなのに、酷く久し振りに感じられた。

 デュラクルは今までにないくらい険しい顔をしていたが、俺はそれを見て胸を撫で下ろす。恐ろしい話ばかりを聞かされたため、心細かったらしい。

 無事だということをアピールしたいが、リリーの力で体を押さえつけられているため、まばたきする程度の自由しか許されていない。試しに声をだそうとしたが、それも駄目だった。なんとか隙を突いて逃げたしたいけど……。

 聖堂に入ってきたのは、デュラクルの他に、ナジルとマルクス、それから久し振りに見る学園長と、顔と名前は知っているが、あまり関わりあいのない教師が三名。しかし、おかしなことに、教師達が手にした剣の切っ先を、デュラクルや学園長に向けていた。キリアの協力者なのだろうか?

 ナジルは無事なようだが、マルクスの傷が酷い。ナジルに肩を借りて、ようやく立っているといった有様だ。

『おっと。結界を壊そうとすれば、こいつの命もないよ。同時に爆発するように設定してあるからね』

 リリーの忠告に、デュラクルは眉間のシワをより深くした。しかし、本当に不可解だ。リリーはあくまでも下級精霊。俺という人質がいるにしても、デュラクルを押さえるだけの力を持っていたなんてことがあり得るのだろうか。

『なにもしなければ、無事に返してあげる。こいつはあんたへの対抗手段であって、恨みはなんにもないからね』

「……目的はなんなのかね?」

 口を開いたのは、学園長だった。名前は、ミハイル・セロ・メルヴァ。年齢は初老に差し掛かったあたり。頭髪から髭にいたるまで真っ白で、瞳の色は青。小柄だがふくよかな体型からは貫禄が感じられた。

 メルヴァ侯爵家の次男で、学園長に抜擢される前は、精霊の契約者として軍に在籍していたらしい。主立った貴族の経歴を覚えるのも大事ですよ、といってナジルに詰め込まれた知識である。

 一応、陛下寄りの人物だが、その性格と手腕はいまいち頼りないため、その内、なんらかの理由をつけて学園長の座をおろされることになるだろう、とナジルは言っていた。

「それに、君ら学園の教員が裏切るなどと。なんだることだ!」

『……ふうん。まだ、気づいてないんだね。彼らの顔触れを見れば、なんとなく気づくんじゃないかと思っていたのに。……きっと、そんな程度の存在だったんだね』

「どういう意味だ?」

 学園長は戸惑ったように、剣を持つ者達を見回した。三人は憎々しげな視線を学園長に向けている。彼らにいったいどんな共通点があるのだろうか。その時、声をあげたのは、学園長ではなくナジルだった。

「……シーヴィル殿下の側近」

『正解!』

 その名前に誰もが目を見張った。それは何年も前に亡くなった、現国王の兄の名前だった。弟が闇の精霊王と契約するまでは、この国の王となるはずだった人。精霊王と契約した弟王子を国王に、という圧力に耐えきれず、自ら命を絶ってしまった――。

 その名前を聞いた瞬間、学園長の顔色が変わった。

 顔からは血の気が引き、足下がふらつく。そして、怯えたような眼差しをリリーに向けた。

「そんな、そんな、まさかお前は――」

『ああ、やっと思いだしてくれた? そうだよ。ボクはあの時、ヴィルと契約していた水の精霊、ルリメリー。お前の……いや、お前達の悪行を知る、唯一の存在さ!』

 慟哭のような叫びだった。リリー――ルリメリーは美しい双眸から涙を零しながら、学園長を糾弾する。

『ヴィルは自殺なんかじゃなかった。お前と、そこにいるマルクスの父親に押さえつけられ、むりやり毒を飲まされたんだ!ヴィルは継承権を放棄して、国をでると言ったのに!』

 マルクスが驚いたような表情を学園長に向けた。まさか、自分の父親がかかわっていたとは思ってもみなかったに違いない。

 きっと、ルリメリーは必死に契約者を助けようとしたのだろう。しかし、マルクスの父親は中位の精霊持ち。精霊にとって、契約者の命令は絶対だ。中位と下位の精霊が相手では、結果は火を見るより明らかである。

「違う! 私達は上から命じられただけだ! 拒否権などなかった! 断れば、私達が殺されていた!」

 学園長はあっさりと王族殺しを自供した。それに、剣を持っていた者達が、静かに涙を零す。

 あれから、けっして短くない時がたった。それでも、忠誠心を捨てなかった彼らを見れば、シーヴィル王子の人柄がわかるようだ。弟が精霊王と契約しなければ、きっと素晴らしい国王になっていたに違いない。
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