謝罪と理由・2


「“ノーブレンは精霊に愛された一族”と言われている。一族の直系はみな例外なく、精霊と契約しているからだ。聞いたことはあるかな?」

「……はい」

 それは施設育ちの俺でも知っているくらい有名な話だ。そのため、ノーブレン家は貴族の中でも一目置かれているらしい。その話を聞いた時は、そういう恵まれた血筋もあるのだな、と思ったものだ。

 キリアは俺を見て、少しだけ笑った。翳りのある笑みだった。

「おかしいとおもわないかい?」

「え?」

「直系の人間が例外なく精霊と契約する――普通に考えればありえない」

「それは、そうかもしれませんけど……」

「秘密があるんだよ。当主と一部の者達しか知らない秘密が」

 穏やかな口調だった。俺はさりげなく扉を確認する。まだ、助けが来る気配はない。話を聞きながら、気づかれることなく、できるだけキリアから遠ざかって起きたいのだが、リリーの目もある。

 むりっぽいな、と俺は諦め、大人しく話に耳を傾けることにした。

「今から数代前のノーブレン家当主が契約した上位精霊には、“未来視”という特殊な力があった」

 陛下から聞いていたので、俺はそれほど驚かなかった。精霊王の他にも、未来を視ることのできる精霊がいたらしい。俺の反応を待って、キリアは再び口を開く。

「言葉の通り、未来を見通せる力だ。ただ、いくつか制約があってね。未来を視られるのは、当人が三歳を迎えてから。それも、一人につき一度だけ。精霊信仰に傾倒していたノーブレン家当主は、その力を使って自分の子供達の未来を視た。子供達が精霊の儀をおこなうところを、ね。そして、選別することにしたんだ」

「選別って、まさか……」

「そのまさかだよ。精霊と契約できた子供だけを手元に残し、あとは処分したんだ」

 告げられたことのあまりのおぞましさに、俺は吐き気がした。もしそれが本当なら、いったいどれだけの子供が犠牲となったのだろう。

「国には病死や事故死として届けたけれど、今度はその多さが問題になってね。だから、赤子が産まれても、国に届けることはしなくなった。精霊と契約できるとわかった段階で、子供の存在をおおやけにしていたんだ。普通なら咎められる行為も、高位貴族だからと周囲はだんまりさ」

「待ってください。でも、それっておかしいじゃないですか。いくら未来を視ることができる精霊がいたとしても、契約している人間が亡くなれば精霊界に戻りますよね。それが今もおこなわれているなんて」

「あり得てしまったんだよ。そいつはノーブレン家の繁栄を夢見た。だから、契約していた精霊と密約を結んだ。自分の魂を差しだす代わりに、ノーブレン家が続く限り未来視の力を貸し与えるように、と」

 人の魂は、死後また別の命に生まれ変わるべく、巡るものだと信じられている。精霊にその魂を差しだしてしまったら、輪廻の輪には戻れない。未来永劫、その精霊に囚われ続けることになる。

 そこまでして、一族の繁栄を願う気持ちが俺には理解できなかった。

「僕は幸いにも精霊と契約することができた。でも、二つ年下の弟は、契約できなかったんだ」

 契約できなかったということは、殺されてしまったということなのだろう。俺はもう、言葉を挟む気にはなれなかった。キリアは淡々とした声音で続ける。

「母親違いの兄弟ではあったけれど、僕とあの子はとても仲がよかった。そんなある日、屋敷から弟がいなくなった。探しても、探しても、どこにもいないんだ。父に訊いたらあっさりと、死んだと言われたよ。病死だったと。納得できなかったが、すでに遺体は埋葬されてあとだった。子供でしかない僕には、真実を確かめる術はなかった」

 そう語ったところで、キリアの顔がはじめて歪んだ。

「ノーブレン家の秘密を知ったのは、僕が十二の時。義母が亡くなる前に、真実を教えてくれた。当主である夫に逆らっても、自分も始末されるだけ。どうにかして、この事実を外部に伝えたかった、と。でも、義母は息子を失ってから、監視がつけられていた。だから、わらに縋るような気持ちで僕に告白したのだろうね。僕はその時に約束したよ。必ずこのことを世間に知らしめ、ノーブレン家を断絶させる、と!」

 ライナの傍にいた時とは、まるで別人だ。強い決意を秘めた瞳で、キリアは叫んだ。この姿こそが、本来の彼なのだろう。だからこそ、先ほどの謝罪が心からのものだと理解することができた。

『キリア。そろそろ来る』

「準備は?」

『あと少し。でも、こっちにはそいつがいる』

 邪魔はさせないよ、とリリー薄く笑った。その時、聖堂の扉が開く音がした。
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