謝罪と理由・1


 懐かしい夢を見た。

 十歳の頃の夢だ。孤児院の大部屋。いくつものベッドをくっつけあって、俺は同じ年代から独り寝ができる子達と一緒に眠っていた。寂しがり屋な子達が腕や足にしがみついてくるのは日常茶飯事で、寝返りのひとつも打てない。

 そんな夜は、決まって孤独感に苛まれた。

 誰かが傍にいるのに、さみしくてさみしくて溜まらなかった。俺だけを見て、俺だけを望んでくれる存在が欲しくてしかたなかった。

 一度だけ、院長先生にその悩みを打ち明けたことがある。初老の院長先生は目を細め、俺の頭を優しく撫でてくれた。

『ここに来る前に、君はちゃんとした愛情を受け取っていたのだろうね。君が感じているのは、“喪失感”だよ。何年たっても、心が覚えているのかもしれない』

『僕はどうすればいいのでしょうか?』

『大きくなったら、きっと君だけを愛してくれる人ができる。それまで、我慢だね』

 ――大きくなったら。

 その言葉が、俺の救いとなった。やがて精霊の存在を知り、俺はとてもそれに憧れた。だって、精霊は契約者しか見ない。愛さない。

 ああ、そうだ。

 俺は目をそらしていただけで、本当はライナに嫉妬していたんだ。あんなにもあっさりと、唯一を手に入れられたライナに。羨ましくて、羨ましくて、しかたなかったんだ。
 ゆっくりと意識が覚醒する。

 重いまぶたを開ければ、そこは見覚えのある部屋だった。教会の礼拝堂のような内装。学園の生徒達が生涯に一度だけ、精霊の儀の際に入出を許される。そうだ。精霊の儀で使われる聖堂だ。

 宝玉が安置されているので、普段は厳重に結界が張ってある――それなのに、なぜ自分はここにいるのだろう。疑問が首をもたげた時、俺は一気に覚醒した。そうだ。副会長――キリアが水の精霊と一緒に現れて。

 ラングウェルさんが叫んだところで、俺の意識は途絶えた。あの二人はどうしたのだろう。それにデュラクルは。俺に異常があれば、すぐに感知するはずなのに。

「――ああ、起きたみたいだね」

 背筋がぞくりとした。起きあがろうとして、手足が縄で縛られていることに気づく。縛られた腕で上半身を起こせば、少し離れた場所にキリアがいた。どこか疲れたような様子で、聖堂の椅子に座っている。心なしか顔色も悪い。

 水の精霊は、と慎重に周囲を探れば、聖堂の真ん中。宝玉が置かれていた台に腰掛け、部屋を覆うように結界を張っている最中だった。だが、その姿がおかしい。以前のリリーは上半身が人間、下半身が魚で見た目も幼かった。

 しかし、目の前の彼は、どう見ても二十歳前後の姿で、下半身も青い鱗に覆われているが、人間のように二本の足がある。膝から足のつけ根まで、ヒレのようなものがなびく様は、こんな状況でなければ美しいとさえ感じただろう。

「ラングウェルさんとユミアさんは!?」

「意識を奪って、あの部屋に置いてきた。殺してはいないから、安心するといい」

 ラングウェルさんとユミアさんは、ともに上位精霊だ。下位の精霊に負けるはずがない。でも、現実的に二人は負けてしまった。不意打ちだったとはいえ、そんなことが可能なのだろうか。

 心臓が痛いくらいに脈打つ。克服したはずの過去が、脳裏に蘇りそうになって奥歯を強く噛み締めた。冷静になれ、と自分に必死で言い聞かせる。

「……どうして、俺を攫ったんですか?」

「闇の精霊王の弟に対する人質だよ。あの男だけが、ネックでね。君と契約してくれたのは、本当に僥倖だった」

 だろうな、と心の中で呟く。デュラクル以外に、俺を攫う理由なんてないだろう。結界も直接、俺の傍に転移させないためのものに違いない。だが、彼らの目的はなんだ? なぜ、こんなことをする?

「安心してほしい。君の命は保証するし、怪我も負わせない」

「俺に暴力を振るっていた人の言葉なんて、信じられるとでも?」

「あれは……」

 キリアは悲しげな表情で目を伏せた。おかしい。俺が知っている彼は、こんな人ではなかった。いつもライナの傍にいて、俺を憎々しげに睨みつけていた。口を開けば暴言の嵐。生徒会の中でも、一番、俺を忌み嫌っていたというのに。

「実家から監視されていた。こちらの動きに気づかれるわけにはいかなかったんだ。僕が君にしたことは、謝ってすまされるものではないだろう」

『言っとくけどね、裏で色々と手を回して、あんたが本当に危ない時に助けてくれていたのは、キリアなんだからね! あんたを殴ったあとなんて、いつも部屋でメソメソしちゃってさ』

「リリー! 余計なことは言うな!」

『だって、キリアは必要以上に、自分を悪者にするから。そもそも、マルクスがさっさとこいつを保護すればよかったんだ。有能そうにみせかけておいて、キリアの足下にも及ばないんだから』

「マルクスはよくやっていたよ。信頼できる味方が少なかったせいで、負担が大きすぎたんだ」

『でも、なかなかこいつを保護しないマルクスに苛ついてたじゃん。思いあまって、自分で助けちゃうんじゃないかって、ハラハラしたよ』

「だから、今はそんな話じゃない!」

 え、本当にこれがあの副会長? と、俺は恐怖も忘れ、疑問で頭がいっぱいだった。まだ、顔がそっくりなだけの別人だと言われたほうが納得できる。俺はなにも言わずにいると、キリアは改めて頭を下げた。本当に頭も打ったのではないだろうか。

「何度も殴ったことは、本当にすまなかった。僕が手をあげれば、マルクスも君を保護せざるを得ないだろうと思ったんだ。あの時は僕も焦っていて……いや、これは言い訳だな」

 キリアは自嘲するように笑った。

 疑う気持ちもある。でも、よくよく考えれば、彼が本当に俺を排除したかったら、実家の権力を使えばよかったのだ。孤児院に圧力をかけられたら、さすがの俺も学園を去っていただろう。それに、キリアは精霊持ちである。リリーに命じて俺を傷つけることもできた。

 俺を騙そうとしているわけではないらしい。ものすごく不本意ではあるが。だったら、彼らの目的はいったいなんなのだろう。なぜ、自分を偽っていたのだろうか。

「なら、ライナのことも演技だったのですか?」

「そうだよ。実家から彼を取り込むように命じられていたからね。いい隠れ蓑になったから、感謝だけはしているよ」

『あんなのキリアの趣味じゃないし。ああいう無神経なガキはボクも大っ嫌い。あいつを見ているようで、虫唾が走る』

“あいつ”とは誰のことだろう。疑問ばかりが増えていくな、と俺は溜息をついた。 

「君の疑問はもっともだ。まだ時間はあるから、少し話をしようか」


 昔の話を、と言って彼は瞼を伏せ、静かに語り出した。
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