精霊祭・3


「なにがあった?」

 呆然としている俺の頭上から、デュラクルの声が響いた。そこに動揺の色はない。お陰で、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。

『学園から王宮に向かう途中、襲われました。ナジルが攫われ、マルクスがそれを追っています』

「よく契約者から離れたな」

『初手で深手を負いました。マルクスがすぐ闇の御方に報せろと』

 ゲホッ、ゲホッ、とマーリンが苦しげに咳き込んだかと思うと、大量の血を吐いた。契約者を危険な場所に取り残すような精霊はいない。契約者の安全が最優先だからだ。

 ここにマーリンがいるということは、自分が残っても契約者を守ることができないと確信したから。真っ先にデュラクルに報せ、助けを求めるほうが契約者の救援に繋がると判断したからだろう。

「この国にこいつ以上の精霊は数えるほどしかいないが……その全員にあの坊主を攫う動機があるとは思えない。他国からの侵入があった報告も、いまのところなし。そもそも他国があの坊主を攫う意味がわからん。その筋はないな。となれば、なんだ?」

 考えをまとめるように、デュラクルは言葉を並べる。それにマーリンが、恐縮したように応じた。

『ほ、宝玉が盗まれた件が関係しているのかと。その件で進展があった矢先のことでしたから』

「ああ、あれな。自分達で探しだしてみせるって言ってた結果が、このザマだ。さっさと俺に助けを求めればいいものを」

 呆れたような口調のデュラクルに、マーリンは荒い息の中、『……申し訳ありません』と応えた。

「っていうか、早くナジルを助けなきゃ!」

 宝玉が盗まれた件も初耳だが、今は人命が優先だ。会長が追っているとはいえ、マーリンに深手を負わせられるような相手である。早くナジルを助けなければ。

「わかってるよ。敵の正体と目的がわからんまま動くのは早計なんだが――」

「ご命令いただければ、我々が」

「行ってくるよーん」

 ランウェルさんとユミアさんがデュラクルの前に跪いた。デュラクルは二人を一瞥し、それからマーリンに視線を向けた。

「いや、宝玉がかかわっているなら、俺が行く。お前らはレインの傍にいろ」

 それに二人はそろって、「御意」と応えた。

「ここは兄貴の結界もある。なにがあっても、絶対に城からでるなよ」

「わかった。デュラクルも気をつけて。ナジルをよろしくね」

「ああ。お前が悲しむ姿は見たくないからな」

 つむじにキスを一つ残し、デュラクルは姿を消した。マーリンはそれを確認すると、必死でもたげていた首を力なく横たえる。

「手当しないと。精霊って、どうすればいいの?」

「基本、放置?大丈夫だって。この程度なら、消滅はしないから」

「いやいや、だいぶ苦しそうだよ? せめて床じゃなくて、ソファーに移そう」

 ソファーが汚れるかも、と一瞬、思ったが、今はそんなことを言っていられない。俺用に予算が組まれていて、ナジルからはある程度、使ってくださいと厳命されているのでちょうどいい。そっちから弁償しよう。

 ただ、マーリンは大きいので、足を引きずることになってしまうが。ランウェルさんやユミアさんに頼むこともできるけど、闇の精霊であるマーリンにとって二人は上官みたいなもの。気後れするだろうから、たぶん俺のほうがいいはず。

「痛いと思うけど、ちょっと我慢な」

 しかし、なぜか瀕死のマーリンが、渾身の力を振り絞って立ちあがった。そして、「お手を煩わすほどのものではありません!」と叫ぶなり、自分で空いていたソファーに飛び乗る。なけなしの力を使ってしまったせいか、マーリンはそのまま意識を失ってしまった。

「レン君に触れられたら、それこそ消滅まったなしだもんね」

「命拾いしたな」

「そんな大袈裟な」

「えー、だって、そいつとそいつの契約者がもっとしっかりしていたら、レン君はあんなボロボロにならずにすんだんでしょー? それだけでも、殿下からの印象は最悪だしー。むしろ、なんでまだ生きてるのかなって感じ」

 いつも笑みを浮かべているユミアさんが、感情の籠もらない目でマーリンを見下ろしている。そりゃ、あの時、保護してもらえていたら、とは思うけど――。

「でも、その場合、デュラクルに会えていなかったかもしれないから」

 それだけは、絶対に嫌だ。ようやく、たった一人の“唯一”と出会えたのだ。

「そう言われちゃ、しかたないかぁ」

「あ、そうだ。ナジルのことを陛下に報告しておかないと。報告しておいたほうがいいよね?」

「レンはここから動かないほうがいい。誰か伝令を――」

 ラングウェルさんが言い終える前に、ぞわりと背筋に悪寒が走った。空気がまるで急激に冷やされたかのように、冷たさを帯びる。

 部屋の中心に、水流の渦のようなものが現れた。

「――あいつは無事に追い払えたようだね」

 ふわり、と床に着地したのは、副会長のキリア・セロ・ノーブレン。そして、その契約精霊である水の精霊、リリーだった。子供のような外見で、下半身が魚といった半人半魚の精霊である。

『早くそいつを攫いましょ。そいつさえ人質にできれば、ボク達の勝ちだもの』

「はぁ? たかが下級の分際でなに生意気なこと言ってんの? そんなこと、させるわけないじゃん」

 ユミアさんは好戦的に笑うと、闇を球体状に固めたものをいくつも生みだし、副会長とその精霊に目がけて投擲しようとした。その時――ランウェルさんが叫ぶ。

「ダメだ! そいつは普通じゃない!」

 ユミアさんの攻撃は、副会長らに届く前に一瞬で消えた。唖然とするユミアさんを庇うように、ランウェルさんが前にでる。

「レンを連れて、殿下と合流しろ!」

『そんなこと、させるわけないでしょ』

 リリーの顔が楽しげに歪んだ瞬間、俺の意識は暗転した。
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