精霊祭・2


 楽しい時間はあっという間に終わりを告げた。

 精霊祭初日の夜は、宮廷で国王主催の晩餐会がある。そこで国王の養子となった俺のお披露目がおこなわれることになっていた。王族には精霊祭で様々な予定がぎっちり組まれているが、俺が出席するのは、王族の儀式とこの晩餐会のみ。付け焼き刃の礼儀作法で出席するよりも、来年に持ち越したほうがいいだろうと判断されたのだ。

 貴族達からクレームがあがったら、デュラクルが俺を人前にだすことを望んでいないと言って黙らせるらしい。今後は場所を選んで出席し、徐々に人脈を広げていく予定だ。その辺りはナジルに助けてもらいつつになるのだろうけど。

「――国王陛下、並びにリアス殿下、フィルド殿下、ご入場!」

 ファンファーレと共に、俺は陛下とリアスに続き、大広間に進んだ。フィルドというのは、陛下が持っていた爵位の一つだ。それが養子となった時に授与されている。レインと呼べるのはデュラクルだけ。ならば代わりの名前が必要だろうと、陛下が用意してくれたのだ。

 それで伯爵位をポンとくれるあたり、さすがとしか言えないけど。これから俺は、フィルド殿下、もしくは、フィルド伯爵と呼ばれることになる。

 入場と共に、俺に視線が集まるのがわかった。傍にデュラクルがいないことに、落胆の声が聞こえる。明らかなる不敬だ。俺の生まれが低いことから無意識に侮ってくる者達もいるだろうと、ナジルから言われている。その場合は相手にしなくていいらしい。代わりにナジルの部下が、その人物の顔と名前を記憶してくれるそうだ。

 その情報はナジルだけでなく、リアスや陛下とも共有されるとのこと。ほんの少しだけ、気の毒に……と思ってしまった。せめて心の中だけで留めておけばよかったのに。

 それになにより、デュラクルはこの場にいないわけではない。姿を消しているだけで、俺のすぐ傍にぴったりと寄り添っているのだ。精霊持ちならば気づいていることだろう。なにせ、自分の精霊が一斉に膝をついて頭を垂れたのだから。

 まずは陛下の挨拶だ。俺はただ、黙って微笑んでいればいい。陛下の心地よい声に耳を傾けながら、俺は自分に大丈夫、大丈夫、と暗示のように声をかけ続けた。様々な感情を伴った視線が向けられる。

 ナジルと食堂に行った時とは比べものにならないくらいのプレッシャーが襲う。しかし、やはりすぐ傍にデュラクルがいてくれると思うと、不思議と心が落ち着いた。張りつけられた笑みではなく、余裕を持って微笑むことができる。

 こちらへと向けられる不躾な視線にも、逆に見返してみれば、気まずげに視線を逸らす者や、意外そうに目を見張る者、興味深そうに笑みを深める者など、多岐に渡った。そう言えば、ナジルもこの場にいるんだっけ、と俺は不躾にならない程度に辺りを見回した。

 しかし、あの秀麗な美貌は、なかなか見つからなかった。時間にうるさい彼にしては珍しい。

(デュラクル)

 心の中で呼びかける。

(なんだ?)

 頭に直接、響く声があった。

(ナジルの姿が見えない。大広間にいる?)

(……いや。気配はないな。ユミア達に捜させるか?)

(大丈夫。少し遅れてるだけかもしれないし。ただ、この後のことはナジルに一任してたから、どうしようかなって)

 晩餐会がはじまれば、当然、俺の元にも貴族達が殺到する。それをナジルが捌いてくれる予定になっていた。「あなたはまだ、会話の基礎もできていないのですから、今回は私に任せてください」と、有無を言わせぬほどの笑顔で押し切られてしまったのだ。

 どうしようかな、と思っているうちに、陛下の言葉が終わってしまう。それでも、ナジルが大広間に来ることはなかった。

 そうこうしている間に、俺はあっという間に貴族達に囲まれてしまった。こういう場合は順番があるらしい。爵位の高い者達からはじまり、徐々に下位の者達へと下がっていく。爵位が高い者との会話が終わらない限り、次の者が声をかけることはできない。

「お初にお目にかかります、フィルド殿下」

 頭がつるぴかの、ふくよかな男性が話しかけてきた。たぶん、公爵の誰かなんだろうけど……よし、ここは伝家の宝刀。

「申し訳ありません。少し気分が優れず――」

「そりゃ、大変だ」

 急に現れたデュラクルに、つるぴかの男性が目を白黒させる。俺の回りを囲っていた者達が、一斉に遠ざかった。デュラクルは気にした様子もなく俺を抱えあげると、有無を言わせずに控え室へと向かう。

 陛下とリアスは人垣に囲まれているため、退出の許可を申し出る余裕はなかった。そのまま控え室へと運ばれ、俺はふかふかのソファーに座ったデュラクルの膝の上に下ろされる。

「ごめんね、デュラクル。今日は姿を見せないことになってたのに」

「気にすんな。しかし、あの坊主はどこ行ったんだ?」

「わからない。遅れるなら、事前に連絡くらいありそうなものだけど……」

 ナジルは国王主催の晩餐会という重要な催しで、なんの連絡もなく遅刻するような人物ではない。それは短いつきあいではあるが、確信を持って断言できた。

「申し訳ないんだけど、ユミアさん達に捜して――」

 俺が言い終えるより先に、デュラクルが俺を抱き寄せた。同時に、ユミアさんとランウェルさんが姿を現し、俺達を守るように背を向ける。

 その中、控え室の真ん中に黒い塊が落下した。

 血の匂いが、一瞬で室内に充満する。

『闇の御方。どうか、どうかお助けください……!』

 それは生徒会長のマルクス――その契約精霊のマーリンだった。巨大な黒狼は満身創痍で立つこともままならない。控え室のカーペットがあっという間に血で赤く染まった。
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