精霊祭・1


 精霊祭初日。街はどこも人出で賑わっていた。通り沿いにずらりと並ぶ出店からは、客寄せの声が絶えず響いている。

 そして、なによりも目を引くのは、街中に飾られた花だ。国中から、この日のために育てられた花々が集められ、道を行く人々の目を楽しませている。

「なにこれ、すっごいね。人がいっぱい!いつもどこに隠れてるんだろ?」

 興奮するように声をあげているのは、ユミアさんだ。きょろきょろと辺りを見回しては、あれこれと指差してはしゃいでいる。その背後ではランウェルさんが、無表情ながらも興味深そうに出店を眺めていた。

 なにかと目立つ二人だが、それぞれ認識を阻害する術をかけているため、どれだけ騒いでも注目される心配はない。

「おい。迷子になるなよ」

 ランウェルさんは呆れた様子でユミアさんをたしなめた。

「はぐれても感知できるから大丈夫!」

「金を持ているのは俺だということを忘れるな」

「えー、じゃあ、お小遣いちょうだいよ」

「お前は金銭感覚が麻痺しているから却下だ」

「そもそもさ、お金を払うって行為が意味わかんないんだよね。これは精霊に感謝するお祭りなんでしょ?だったら、精霊はタダでいいじゃん!」

 子供のように頬を膨らませるユミアさんに、ランウェルさんはやっていられないとばかりに溜息をついた。意外とユミアさんよりもランウェルさんの方が常識人らしい。

「――おい。あんまりぎゃあぎゃあはしゃぐなよ」

 面倒臭そうに注意したのは、俺の肩に腕を回しているデュラクルだった。もちろん、俺たちにも認識阻害の術がかかっているため、こちらを注目する者は誰もいない。そうでなければ、あきらかに人間離れしたオーラを放つデュラクルは注目の的になってしかたなかっただろう。

「えー、それくらいいいじゃないですかー」

「俺がうるさい」

 子供のように頬を膨らませるユミアさんに、俺は思わずくすりと笑ってしまった。それに気づいたユミアさんが、ニコッと笑う。

「レン君はだいぶ表情が豊かになったねぇ」

 “レン君”というのは俺のことだ。以前と同じように、“契約者君”と呼ばれたのだけれど、それではどこか他人行儀な気持ちになるので、別の呼び方をお願いしたのである。デュラクルは渋ってたけど、ユミアさんたちだけということで特別に許可してくれた。俺がお願いにお願いを重ねた結果である。

「それに、少し身長も伸びたのではないか?」

「え、本当ですか?」

 それは地味に嬉しい。最近、栄養たっぷりの食事に加え、適度な運動もおこなっているからかもしれない。ラングウェルさんの指摘に、俺の笑みもさらに深くなる。すると、肩に回された腕が急に重みを増した。

「おい。お前ら、もうこっち見んな」

「心が狭い精霊は嫌われますよー」

「ふん。俺が嫌われるわけないだろ。なァ?」

 なんだろう。なにを言われても、楽しくて頬が緩んでしまう。久し振りにユミアさんとランウェルさんと会話できるのも嬉しいし、ささいなことでデュラクルが嫉妬してくれるのも嬉しい。こんなに幸せでいいのかと、不安になってしまうくらいだ。

「っと、そろそろだな」

「もしかして、お兄さんに頼まれたってやつ?」

「ああ。面倒臭ぇ」

 そう言うと、デュラクルは俺の肩に回していた腕を外した。急に喪失した重みに、ほんの少し寂しさを覚える。

「少し外す。レインを頼んだぞ」

 デュラクルがそう言うと、ユミアさんとランウェルさんは揃って胸に手を当てると頭をさげた。デュラクルの体が一瞬で黒い霧に変わり、その場から音もなく消える。

「んふ。殿下がいない今がチャンス!」

「うわっ」

 ギラッと目を光らせたユミアさんが、すかさず俺の左腕に手を絡ませる。ランウェルさんは渋い顔で、「おい」とユミアさんをたしなめた。

「人間同士だって、こうやって歩いてるじゃん」

「いや、それは恋人同士だけですって」

「まあまあ。あ、それと俺たちにも殿下と同じように、敬語なしで話してほしいな」

「え?」

 指摘されてはじめて気づいた。そういえば、デュラクルに対してはじめの頃は敬語で喋っていたっけ。いつの間に普通に喋っていたのだろうか。

「いつの間に……」

「レン君が自然体でいられるようになった証拠だね」

「肉体の回復は目に見えてわかるが、精神は違う。普通に笑えるようになったのはいいことだ」

 そっか。俺は引き攣った顔ではなく、普通に笑えるようになっていたのか。泣きたい気持ちと嬉しいという相反する気持ちに、自分でもどんな顔をしているのかわからない。ただ、こちらを見る二人が笑っているので、そんなに酷い顔ではないだろう。

 不意に、涙で滲む視界の端。

 空からひらひらと舞うものがあった。周囲からいっせいに歓声が沸き起こる。それに釣られるように、俺も空を見あげた。

 雲ひとつない青空から、ひらり、ひらりと無数の花びらが舞い落ちる。差しだした手のひらに触れた瞬間、それは弾けるような輝きを放って空気中に溶けた。また、耳に痛いほどの歓声。

 ふと、それが急に、壁一枚ほどを隔てたかのように遠ざかった。

「――戻ったぞ」

 背後から、大きく温かな腕に包み込まれる。

「あー、面倒臭かった」と告げるデュラクルに俺は、彼の力で作られた美しい花びらが舞うなか、「お疲れさま」と言ってとびきりの笑顔を浮かべてみせた。
- 31 -

[*まえ] | [つぎ#]


(31/42)


*** *** *** ***

>>>作品top

*** *** *** ***

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -