二人きり


 不意にデュラクルの左手が、脇腹をゆっくりとなぞるように動いた。少しくすぐったくて、俺は身を捩りそうになる。

「だいぶ肉はついたが、まだ痩せすぎだ。ちゃんと食ってるのか?」

「食べてるよ。デュラクルだって、いつも側にいるんだから、三食きちんと取ってるの知ってるだろ」

 どうやら、いつもの肉付きチェックだったらしい。

 寮で暮らしていたときは自炊が基本だったけれど、離宮ででてくる料理は栄養面もばっちり計算されているため、体重も以前よりだいぶ増えたように思う。なによりも自分で作るものとは比べものにならないくらい美味しい料理ばかりなので、ついつい食べすぎてしまうほどだ。

「散歩中に疲れることもなくなったし、体力もだいぶ回復したと思う」

 がくんと落ちていたのは体重だけでなく、体力もだった。我ながらあの状態でよく逃げ回れたものである。

 最初は離宮を一週するだけで――それなりの距離はあるが――へとへとになっていたが、いまは息切れすることもなくなり景色を楽しむ余裕もできた。とりあえず、朝食のまえと、時間があれば夕方に体力作りの意味も込めて離宮をぐるりと一週するのがここ最近の習慣だった。

「……あと少しだな」

「なにが?」

「食べ頃が」

 腰を撫でられ、背筋をぞわぞわとした感触が駆けあがる。食べ頃、の意味を理解した俺は、瞬時に頭と顔を沸騰させた。それにデュラクルの笑い声が重なる。

「うううっ。あんまりからかわないでよ」

「からかってるつもりはないんだがなァ。嫌か?」

「い、嫌じゃない」

 デュラクルのことは、そういった意味で好きだし、俺を抱きたいというのであれば拒む理由はない。こんな貧素な体、抱いても楽しいとは思えないけど。

「……せめて俺が女の子だったらよかったのに」

「どうして、そうなる」

「でも、肉付きがよくないから、まだ俺を抱かないんだろ?」

「体力の問題だ。お前はあんまり自覚はないだろうが、相当弱ってる状態だったんだぞ。手加減できればいいんだろうが、俺はお前を抱き潰す自信がある。むしろ自信しかない。だが、俺はお前に傷一つだってつけたくはないんだ」

 大切に、大切に。まるで真綿で包み込むように。ほんと、ずるいなぁと俺はデュラクルの胸に顔を押しつけた。

「……もうちょっと、量を食べれるように頑張る」

「おう。もっと肉料理を増やすように言っとくわ」

 運動も頑張ろう。体力をつけて、たくさん、たくさん、デュラクルに愛してもらえるように。

「あー、でも、味見くらいはしとかないとな」

 そういって、あごを掬いあげられる。近づいてくるデュラクルの顔に、俺はとっさに瞼を閉じた。唇に柔らかな感触。それが、二回、三回と角度を変えて触れてくる。やがて、肉厚な舌が唇をねっとりと舐めあげた。

 恐る恐る唇を開くと、その舌がゆっくりと差し込まれる。

「ん、ん、ううん」

 息がうまく吸えない。鼻で息をすればいいのだろうけど、うまくタイミングが掴めないのだ。

 ――でも、気持ちいい。

 幸せだ。頭がふわふわして、溶けてしまいそう。こんなに幸せでいいのかと、不安になってしまうくらい。

 酸欠になりかけたところで、デュラクルが顔を引いた。そして、口の端を持ちあげて笑みを浮かべる。

「こっちも練習が必要そうだな」

「……がんばる」

 この日から、デュラクルは人目があるないにかかわらず、練習だと言ってよくキスをしかけてくるようになった。嬉しいけれど、さすがに人前では止めてほしい。






 そして、時は過ぎ。

 精霊祭が行われる時期となった。
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