新しい弟・2


「そういえば兄上。近々、精霊祭がおこなわれますが、ご予定はどうなっておりますか?」

 リアスの問いに、俺は紅茶を飲む手を止め答えた。

「王族の儀式には参加するけど、それ以外の公務は入っていないよ。まだ早いから今年は見送りましょうって、ナジルが」

 精霊祭とは、年に一度、精霊への感謝を込めておこなわれる祭だ。街中に感謝の意をあらわす花々が飾られ、路地には各地から集まった露天商が一日だけの店を開く。また、大広場では無料の祝い酒が配られ、それを心待ちにする大人も多かった。下々の者たちは、上等な酒なんて滅多に口にすることはできないから。

 精霊祭は三日三晩続くが、その間、陛下をはじめとする王族らは大忙しだったりする。王城のバルコニーからの挨拶にはじまり、精霊に感謝を捧げる儀式、貴族らを集めた晩餐会等々。休む暇もないくらい、様々な予定が詰め込まれているらしい。

 幸いというか、俺はまだ礼儀作法を勉強している最中なので、重要な儀式以外は参加しなくてもいいことになっていた。来年は参加不可避なんだけどね……。

「晩餐会も抜けていますよ。そこで兄上の正式なお披露目があるのですから」

「うっ。で、でも、簡単な挨拶だけで退出していいって言われてるし……。すぐに引っ込むよ」

 そうなのだ。王族になりましたよー、とおふれをだすだけではダメらしい。大勢の貴族らが集まる場所で、正式にお披露目するのが一般的なのだそうだ。これは貴族ならどこも同じで、それ相応の場所でのお披露目となる。

 王族の場合は、精霊祭や年始の儀など、発表できる場が限られているのだけど。そのため、日程の近かった精霊祭に行われる晩餐会が俺の初お披露目の場となってしまった。

「ふふふ。大丈夫ですよ。兄上とお近づきになりたい貴族は大勢おりますが、背後に控える闇の御方を見れば、話しかけられる者はいないでしょう。のんびりと晩餐会を楽しんでください。私も兄上とご一緒できるのは、嬉しいです」

「場違いすぎて楽しめるかどうか……」

「慣れれば、あれはあれで楽しいものですよ。もちろん、甘い汁を吸いたがる愚か者もおりますが、己の利に囚われぬ聡明な者もおります。闇の御方が許容できる範囲で、話してみてはいかがでしょう?」

 会話中、たまにリアスの年齢を忘れそうになるんだけど……。しかし、人付きあいかぁ。いまいち実感は湧かないけど、王族になったのだからそういうものは必要だろう。でも、なんといえばいいのか。面倒だ、というのが正直なところである。

 デュラクルと二人きりの生活なら、そんな煩わしさを感じなくてもいいのだけれど。デュラクルはきっと俺の望みを叶えてくれるだろうが、それは甘えだ。俺はできるだけデュラクルと対等でいたいのだ。

 そう考えると、やはり人とのつきあいは必須だろう――と思ったとき、背後から伸びてきた腕に、体を絡め取られた。

「これ以上、こいつの周りに人間はいらねぇだろ」

「デュラクル!」

 そのまま椅子から持ちあげられ、腕に座るように抱えあげられる。この体勢、子供みたいで嫌なんだけど……。しかも、年下のリアスの前で。

「残念。もう時間切れですか」

 リアスは、「それでは、私はこれで失礼します」と笑顔を残して去って行った。なんだろう。弟って、もっと手のかかる存在じゃなかったっけ?

「お帰り、デュラクル」

「おう」

 短く返事をしたデュラクルは、俺を抱えたままソファーに座ると頬や額に口づける。くすぐったさに、俺は思わず笑いながら身をよじった。

「楽しそうに、なにを話してたんだ?」

「精霊祭のことだよ。あ、デュラクルは精霊祭って知ってる?」

「あー、名前だけならな」

「精霊に感謝するお祭りだよ。ちょっとだけでいいから、デュラクルと街を歩きたいな。いい?」

「お前が望むなら」

「やった。前から楽しみにして――」

 そこで俺は、言葉に詰まった。精霊祭は大きなイベントで、何ヶ月も前からそれを楽しみにしている者も多い。

 約束したのだ。ライナやクラスメイトたちと。精霊祭は一緒に回ろうって。まだ先なのに、気が早いと笑う者もいたけれど、俺は密かにとても楽しみにしていた。孤児院で暮らしていた時は、祭に行けない小さな子たちの世話もあって、数えるくらいしか祭にでかけたことはなかったから。
 
「――レイン」

 急に黙り込んでしまった俺を、デュラクルが優しく引き寄せる。

「精霊祭には、ユミアたちも呼ぼう。きっとうるさいくらい、はしゃぎ回るだろうがな」

「……そういや、ユミアさんたちに会うの久し振りかも」

「あいつらも会いたがってたぞ」

 二人っきりも捨てがたいけど、四人で色々と出店を回るのも楽しそうだ。目立ちそうだけど、そこはデュラクルにお願いして注目されないような魔法をかけてもらおう。ユミアさんは食べるのが好きみたいだったから、片っ端から屋台に突撃していくかもしれない。

 悲しい気持ちはあっという間に払拭された。
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