その頃、裏では・2【ナジルside】
「精霊の宝玉を隠すことは不可能だ、と陛下はおっしゃっています」
宝玉は一見すれば、ただの丸い球体だ。水晶玉のようにも見える。大きさは手のひらほど。それが儀式のときに、まばゆい光を放つ。
「精霊ならば、かならず感知できる、と」
「だが、マーリンは見つけられなかった」
「学園外に持ちだされた可能性は?」
「お前もわかっているように、学園は外部からの侵入を防ぐために、つねに専門の精霊持ちが張った防護壁で守られている。出入りできるのは、二箇所だけ。そこには精霊持ちの監視員が駐屯しているから、宝玉を持ったまま通り抜けることは不可能だ」
「その精霊持ちが買収されたのでは?」
「ない。精霊は嘘をつかないからな。このことを誰にも喋るな、と口止めした場合でも、こちらの質問に対し沈黙することになる。それはつまり、契約者になにか言い含められているという証拠だ。尋問の際、監視員の精霊に不審な言動は見られなかった」
マルクスが精霊の宝玉は外部に持ちだされていないと結論づけた理由はわかった。ナジルでも同じ判断を下すだろう。しかし、ならば宝玉はどこに、とナジルは首を捻った。学園内に隠されているのであれば、マーリンが見つけているはずである。
それに、気になることはもう一つ。
「そもそも、犯人はなぜ宝玉を盗んだのでしょう?」
「隣国の仕業なんじゃねーの?」
「単純に考えれば、その可能性が一番高いでしょうね」
宝玉を盗むことができれば、敵国の戦力を削ぐことができる。こちらを目の敵にしている隣国ならば、それくらいやりかねないだろう。しかし――
「彼らは陛下を――闇の精霊王を怖れている。おそらく、我が国の誰よりも遙かに。陛下の逆鱗に触れれば、国を滅ぼされかねませんからね。憎き敵国であると同時に、畏怖の対象でもあるのですよ。スパイを送り込むくらいはしますが、大それたことはできないでしょう」
「下っ端の暴走ということは?」
「だったら、もっと杜撰です。あなたの包囲網をくぐり抜けられるはずがありません」
そう、だから解せない。精霊の宝玉を盗む理由と犯人に、まったくの心当たりがなかった。
「もし我々で解決できなければ、陛下がこの問題に当たられます。ですが、あまり陛下に負担はかけたくありません」
「……あんま、よくないのか?」
「季節的なものもありますが、少し」
宮廷での秘密中の秘密だ。フォシェル国王、ノクタールは以前から病に冒されていた。病状には山があり、平気なときもあれば、ベッドから起きあがれずに意識が朦朧とするときもある。特効薬のない難病だ。小康状態を保ちながら長く生きる者もいれば、あっという間に衰弱死した者もいる。
そして、悲しいことに万能と思われがちな精霊王でも、人間の病気を治すことはできなかった。
「ですから、この問題は可能な限り我々で対処します」
幸いだったのは、ナジルがレインの指南役として、誰に疑われることなく学園に潜入できたことだ。宮廷で報告を受けてから指示をだすよりも、現地で指揮を執ったほうが遙かに効率的である。
「一つわかっているのは、この問題には精霊がかかわっているということです。宝玉がある部屋の封印は、精霊にしか解けないものですから」
宝玉は儀式が行われる部屋に常時安置され、古来から動かされることはなかった。その部屋を封じるのは精霊持ちである学園長だ。その場には生徒会役員と一部の教員が立ち会い、封印がなされたことを確認している。
『でも、あの封印を解くのは難しいわよ。力任せに解こうとしたら、反動で私でも消滅しかねないわ』
ソファーに寝そべっていたマーリンが、欠伸をしつつ答えた。身内のみということから、相当、気を抜いているらしい。普段の毅然とした態度とは、大違いだ。
「わからないことだらけですね。とはいえ、犯人は精霊持ちに違いありません。疑いたくはありませんが、おそらく犯人は学園内にいる精霊持ちの誰かでしょう。マーリン、あなたには頑張ってもらうことになりますが、お願いできますか?」
『ええ。マルクスのためになるなら』
本当に精霊は契約者ありきの存在だ、とナジルは内心で苦笑した。だから契約者が望めば、宝玉も盗んでしまえるのだろう。
『ところで、闇の御方の助力は望めないのかしら。あの方がいれば百人力なのだけれど』
「それはダメだ」
きっぱりと言い切ったのは、マルクスである。
「俺は彼を守り切れなかった。精霊と契約できなかったら、最悪の事態だって考えられた。そこまで追い込んでおいて、困っているから力を貸してくださいなんて、言えるわけないだろ。この一件は、俺が責任をもって解決する」
責任感の強いマルクスらしい言葉だった。精霊と契約しても奢ることなく、誰に対しても平等さを失わない。それは得がたい資質である。
「では、有言実行といきましょう。宝玉がどのようにして隠されているのかは棚上げして、精霊持ちの教員と生徒の調査を優先し――」
もう一人。
本当は、もう一人だけマルクスと同じ資質を持っている人物がいた。
キリア・セロ・ノーブレン。
マルクスが自分の右腕なら、彼には左腕になってほしかった。なぜ、彼はああまでも変わってしまったのか。それが未だに残念でならない。
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