新しい弟


 休日の、のどかな昼下がり。

 小鳥の美しいさえずりが響く離宮で、俺は一階のテラス席にあるソファーに座りながら、ぼんやりと中庭を眺めていた。

 テーブルには少し冷めてしまった紅茶のカップが置かれている。こちらが声をかけない限り、侍女さんたちは姿を見せない。貴族社会では逆らしいが、常に誰かの気配があることに慣れない俺に気を遣ってくれているのだろう。

 しかし、暇だ。

 デュラクルは用事があるとかで精霊界に戻っている。学園だったら護衛としてユミアさんたちを呼んでいたけど、ここは安全だ。俺に近づこうとする人間は護衛の騎士さんたちが追い返してくれるし、精霊はデュラクルの気配に怯えて近づこうともしない。さらに万が一のためにと、防御用の結界も張られている。

 ナジルは仕事で不在だし、だからといって他の誰かを話し相手に呼んでくる気にもなれない。離宮に勤める人たちはみんないい人だけど、やはりまだ俺は他人が怖いのだ。ナジルのように利害関係の一致で側にいてくれる存在のほうが、まだ安心できる。

 宿題も午前中に終わらせてしまったし、王宮での礼儀作法は教師役であるナジルが不在のために不可能。その結果が、日当たりのよい場所で日向ぼっこという暇潰しである。

 とはいえ、座り心地のいいソファーに、一級品とわかる香りのよい紅茶。顔をあげれば、美しく手入れがなされた中庭が見え、小鳥たちの囀りが耳を楽しませる――うん、こんな天国のような状況で、暇だなんて思うのは贅沢すぎる。やっぱり、書庫からなにか本でも借りてこようか。

「――失礼いたします。リアス様がお見えになっておりますが、いかがいたしましょう?」

 少し離れた場所から声をかけられたお陰で、驚いて醜態をさらすようなことは免れた。たぶん、侍女さんも俺を驚かさないように気を遣ってくれたのだろう。

「リアス殿下が?通してもらっていいんですけど、え、服、こんな格好で大丈夫?」

 普段着――と言っても、王宮で用意されたものなので見苦しくはないが――で応対したら不敬になるんじゃないだろうか、と俺は慌てた。正装はやりすぎでも、もっとかしこまった格好に着替えるべきなのでは。

「私的な訪問ですので、問題はありませんよ」

 侍女の代わりに答えたのは、リアス殿下本人だった。俺は慌ててソファーから立ちあがる。

「ごめんなさい。兄上の声が聞こえたものですから、許可がおりたということで入ってきてしまいました」

「いや――いえ、それは構いませんが、リアス殿下。その、むりに“兄”と呼ばなくてもいいんですよ?」

 陛下の養子となったことで、俺とリアス殿下は義理の兄弟になった。年齢を考えれば俺が兄となるわけだが、私的な場所くらいはむりせず名前を呼ぶ……のはダメだから、別の呼び方でもいいのではないだろうか。

 ソファーに座りなおすと、紅茶とお菓子がテーブルに置かれる。向かい側に座ったリアス殿下は、ニッコリと微笑んだ。

「兄弟ができるのであれば弟か妹だと思っていましたので、兄ができてとても嬉しいのです。本当は“兄様”と呼ぶつもりだったのですが、子供っぽいかと思い、“兄上”にしてみました。兄上と呼んではいけませんか……?」

 そんな捨てられた仔犬のような眼差しで見つめられたら、頷かないわけにはいかない。そもそも孤児院で暮らしていた時から、俺は年下の“お願い”に弱いのだ。

「わ、わかりました」

「ありがとうございます。それと、僕のことは“リアス”とお呼びください。敬語も必要ありません」

「それはさすがに……って、わかりました――いや、わかったよ。リアスって呼ぶし、敬語も使わない。でも、さすがに公式の場では勘弁してほしい」

 仔犬のようなリアスに、俺は全面降伏。白旗をあげた。まあ、もともと敬語は面倒だったし、相手がいいというのであれば問題はないだろう。了承すると、リアスは嬉しそうに笑った。しかし、一方的なのは気に食わないので、反撃させてもらう。

「兄弟というなら、リアスも敬語はなしね」

「弟は兄に対して敬語を使うものですよ?」

「普通は……って、そうか。貴族だとそうなるか。うーん、でも、俺はリアスと対等に話したいんだよね。……ダメ?」

「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、あまり親しげですと闇の御方に嫉妬されてしまいますので。もうしわけありません」

 デュラクルを盾にして、やんわりと断られてしまった。それくらいで嫉妬するようなデュラクルではないと思うが、反論しようとする前に、「それでなくとも、兄弟という間柄自体を面白くないと感じているはずでしょうから」と言われてしまった。

「線引きは大事です」

 それなら俺も敬語で、と思ったけど止めた。さすがに大人げない。

「わかったよ。それで、用事は?」

「兄上がお一人だとうかがったので、遊びにまいりました。兄上ともっとお話ししたくて」

「勉強はいいの?」

 ナジルに聞いたところ、リアスはまだ八歳ながら朝から晩まで勉強漬けで、かなりハードな毎日を送っているらしい。成人したら国王の座を譲られることになっているので、それに間に合うようにとのことなのだろう。

「はい。兄上との会話も大事なことの一つですから。父上からも許可をいただいております。それに兄上に会いに行くと言えば、今日の教師は諸手を挙げて送りだしてくれますよ」

「どうして?」

「精霊信仰にだいぶ入れあげているようですから」

「ごふっ!?」

 思わず飲み込んだ紅茶を吐きだしてしまいそうになった。とんでもないことをさらりと告げたリアスは、何事もなかったかのように微笑む。

「敵を知ることも大事だと父上から言われました。それに複数の教師に師事しておりますので、偏った知識だけを学んでいるわけではありません」

「そ、そっかぁ……」

 精霊信仰に傾倒している教師を近づけても問題ない、と判断できるくらいに、陛下は息子を信頼しているのだろう。そういえば、名君の器だと言ってたもんな。どうやら新しい弟は、可愛らしいだけではないらしい。
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