毅然と立ち続けたあなたを【ナジルside】


※ナジル視点。




 生徒会役員たちからの接触はあるだろうとは思っていた。しかし、よりによって食堂の観衆が見守るなかでの接触である。

 こいつらは馬鹿なのか?とナジルは本気で思った。

 自分たちの彼への仕打ちを思い返せば、とてもではないが、会いに来られるとは思えない。

 それとも、復讐されなかったことで、許されたとでも勘違いしているのだろうか。それはあくまでも、“二度と接触しない”場合のみ適用されるのであって、彼の前に現れた瞬間に効力はなくなってしまう。

 闇の御方の機嫌が損なわれた瞬間、生徒会役員たちの命も消える。その事実に気づいている者は、はたしてこの食堂に何人いるのだろうな、とナジルは思った。

「……わざわざ僕らが挨拶に出向いたというのに、なぜ姿を消すんだい。上位精霊と契約したところで、やはり性根はなにも変わりないのだね」

 発言したのは、生徒会副会長である、キリア・セロ・ノーブレンだった。

 以前は――精霊と契約する前は、こんなに傲慢な男ではなかった。他者と一線を引く傾向にはあったが、一方的に相手を見下すこともなく、教師陣からの評価も高かった。良くも悪くも、精霊との契約は人を変える。それがこの男は後者だったのだろう。

「それに、精霊の契約者たる者、友人は選ばなければ。そう思は思わないかい、ゴーシュ?」

「ええ、もちろん。彼がこれから持つだろう権力におもねる者たちは排除すべきでしょう。私は陛下から命じられた、彼専用の教師ですから。お間違いなく」

 あくまでも自分は友人ではなく、教師という立場で彼の隣にいる。それが行く行くどのような関係になるのかまでは、ここで口にする必要もない。

「精霊との契約もせず陛下からの覚えもめでたいなんて、さすが宰相閣下のご子息だ。僕だったら、恥ずかしくて人前にすらでられないよ」

「陛下は誰に対しても平等な御方ですから。正当な評価をいただいたまでです。それとも、陛下が間違っていると?」

 さすが声高に自国の国王を非難することはなかったが、キリアは露骨に顔を顰めてみせた。そこで口を挟んだのが、さきほどからずっと落ち着かない様子で黙っていた元凶――ライナである。

「レイン!なあ、聞こえてるんだろ!返事してくれよ!」

 ――こいつは自殺願望でもあるのだろうか?

 精霊と契約していない自分でもわかるくらい、食堂に殺気が充満した。契約者の名前を呼ばれたことに、闇の御方が憤っているのだ。生徒のなかには顔色が優れない者もいる。生徒会役員らも殺気に当てられ、硬直していた。しかし、図太いのか、それとも空気が読めないのか、ライナは必死に彼へ呼びかける。何一つ聞こえていないとも知らずに。

「俺、お前が酷い目に遭ってるなんて、知らなかったんだ。ごめん。自分のことばっかりで、こんなの親友失格だよな。でも、話もせずに友達じゃなくなるなんて、嫌なんだ。お願いだから、俺の話を聞いてくれ!」

 空気が読めないだけで、根はそう悪くはないのかもしれない。おそらく、彼が理不尽な暴力にさらされていると知ったら、自分の精霊を使って止めただろう。

 しかし、周りに集った人間が悪かった。おそらく、彼への仕打ちに気づかれないよう、ライナ・ノースを囲い込んでしまったのだ。

 精霊との契約で浮かれていたライナは、それに気づけなかった。それに人の悪意に対して、鈍感なのかもしれない。反省するだけの素直さはある――だが、それはすでに手遅れだ。せめて闇の御方に見つけられてしまう前に気づくべきだった。

「一つ、忠告を。彼の名前を呼ばないでください。その名前はすでに闇の御方だけのもの。どのような目に遭っても知りませんよ」

「なんでだよ。俺はレインの親友だ。名前を呼ぶ権利は――」

 ライナの台詞が途中で途切れた。口をパクパクと開閉しているが、声がでない。闇の御方の仕業にしては優しいので、おそらくは――。

「あなたの契約精霊のほうが賢いようですね。できれば二度と彼の目の前に現れてはほしくないので、その辺りもよろしくお願いいたします。もちろん、生徒会役員の方々も」

「陛下の威光を笠に着て、ずいぶんな物言いだね」

「おや。善かれと思っての忠告だったのですが。もっとも、学園を卒業すれば二度とお会いすることもないでしょうけれど」

「どういう意味だい?」

「少しくらいご自分で考えたらいかがですか――と言っても、無駄でしょうね。しかたありませんので、手短にご説明します。彼は陛下の養子となられた。そして、契約精霊は闇の精霊王のご兄弟。その彼にあなた方がなにをしたのか。閉鎖的な学園だったとしても、情報はどこからか漏れるもの。それを耳にしたあなた方のご両親、ご親戚の方々がどう思うか……。少なくとも私が当主でしたら、真っ先に勘当するでしょうね」

 貴族が怖れること。それは家の断絶である。そのためだったら、血の繋がった実の息子でも切って捨てるだろう。生徒会役員はその全員が貴族の出だ。次期当主と目されている者も多い。今回のことで、その座も危うくなったことだろうが。

「とはいえ、精霊の契約者が敵国に亡命されても困るので、その場合は幽閉でしょうか。自業自得とはいえ、前途多難ですねぇ」

 ようやく自分が置かれた状況に気づいたのか、一部の役員らの顔が蒼白を通り超してどす黒くなった。食堂のなかにも、心当たりがあるのか、挙動不審に陥る生徒たちもいた。

「――なあ、もういいか?」

 そう言ったのは、今まで沈黙を貫いていた生徒会会長マルクス・セロ・ガジアスだった。彼は面倒臭そうに告げる。

「これ以上は無意味だろ。先方に話すつもりはないようだからな。俺はもう戻るぞ」

 それだけを告げると、返事を聞かずに食堂の出口へと歩きだす。さすがにこの衆人環視のなかに置いて行かれたらたまったものではないと、他の役員たちもそれに続いた。こちらを忌々しげに睨んでいたキリアも、渋々と退散する。ライナはなおもなにか言いたげだったが、役員たちに押される形で食堂から連れ出されて行った。

 その姿が見えなくなった途端、彼を覆っていた黒い闇が晴れる。

 ナジルは事情がわからずきょとんとしている彼に、弁当の包みを開けながら話しかけた。

「午後の授業もありますし、さっさと食べてしまいましょう」

「ええと、守ってくれてありがとう?」

「気にしないでください。私もだいぶ楽しんでしまった自覚はあるので」

「うん。いつもより少し楽しそうに見えるよ」

 顔にでていたのであれば、精進しなければならない。もっとも、彼の前では取り繕う必要もないのだが。弁当の蓋を開けたとき、見覚えのない生徒たちが数名、こちらへとやってきた。その瞬間、また彼が闇に消える。

「あのさ、俺たち、レ……ユリアーナのクラスメイトなんだけど。その、謝りたくて」

「なにに対しての謝罪でしょう?」

「生徒会の奴らを止められなかったことを。俺たち精霊とも契約できなかったから、逆らえなくて……」

 ナジルは溜息をついた。そろそろいい加減、昼食を取りたいのに。食堂ではなく中庭にすべきだったのかもしれない。

「逆らう?自分たちに火の粉が飛ぶのを怖れて傍観していただけでしょう。それなのに、彼が生徒会を上回る影響力を手に入れた途端、謝罪を理由に近づいてきた。いやはや、厚顔無恥すぎて笑ってしまいそうです」

「そんなんじゃ……!」

「自分たちは手をだしていない――それが免罪符にでもなると思いましたか?生徒会が怖いのであれば、教師を頼ればよかった。むろん、彼へのイジメを見て見ぬ振りをしていた教師とは名ばかりの愚か者もいたでしょう。ですが、まともな教師もいます。なぜ、彼の被害を訴えなかったのですか?」

 すでに教師陣への聴取は終わっている。学年が違えばイジメの把握は困難で、聴取を受けてはじめて彼がどのような境遇に置かれていたのかを知った者もいたほどだった。それでも、生徒たちからの訴えがあれば、真摯に対応してくれていただろう。見て見ぬ振りをしていた一部の教師たちは、すでに解雇が決まっていた。

 だが、彼と同じクラスで、イジメを教師に訴えた生徒は誰一人としていなかった。

「もしくは、ライナ・ノーフに言えばよかったではありませんか。同じクラスなのですから、そのチャンスはあったはずですよね。でも、あなた方はなにもしなかった。自業自得だと思ったのではありませんか?精霊の契約者に近づいたほうが悪いのだ、と」

 ナジルは知っている。

 かつては自分もまた、彼と似たような立場にあったから。ナジルの友人には、精霊と契約した生徒もいた。精霊と契約していないにもかかわらず、飛び級したことも反感を買った一因だろう。

 それでも、まだ自分は幸運だった。現宰相の息子ということで、大きな被害には遭わなかったのだから。

「どいつもこいつも。自分たちがしてきたことを思い返しなさい、クズども」

 ――すべてが敵。そのなかにあって、毅然と立ち続けたあなたを、私は心の底から尊敬する。
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