食堂で
ザワザワと周囲がうるさい。それから、こちらに突き刺さる無遠慮な視線も。久しぶりに訪れた学食は相変わらずの混雑っぷりだった。
今まではデュラクルが俺の視界を遮り、必要のない雑音を遮断してくれていた。そのおかげでわずらわしさを遠ざけられていたが、そろそろ人と接してみてはどうだろうというナジルの提案で、俺の周りに張り巡らされていた精霊魔法を解いたのだった。
それから必要以上に目立たないように、デュラクルは姿を隠している。精霊たちには気配でわかるらしいが、人間には見えないので問題はないだろう。姿は見えないけれど、側にいてくれているとわかっているので、寂しさはあまり感じなかった。
ちなみに本日の昼食は離宮の料理長特製弁当だ。
「まるで珍獣になった気分だ」
「しかたありませんよ。陛下があなたを養子に迎えたことが、発表されたばかりですからね」
そう言って、俺の向かいの席に座ったナジルは、弁当の包みを開いた。そう。俺は国王陛下の養子となった。たぶんこれが一番いい形なのだろう。デュラクルという強大な精霊と契約した俺は、あまりにも危険な存在だったから。
「それよりもどうですか?気分が悪いようなら、すぐに言ってください」
「んー、意外と平気かな。わずらわしいとは思うけど、気持ち悪くなるほどじゃない。デュラクルやナジルが側にいてくれているからかな」
「おや、私も数に入れていただけるので?」
「うん。心強いよ」
ナジルはけっして俺を色眼鏡では見ない。あくまでも対等な存在として扱ってくれる。厳しいことを言ったりするが、絶対に理不尽な物言いはしない。まだ数日のつきあいであるが、教師役として派遣されたのが彼でよかったと思ったくらいだ。
「嬉しいお言葉ですね――おや」
「ナジル?」
「招かれざるお客様が来てしまったようです。本来ならばここまで過保護にするつもりはありませんでしたが、まあ、初日です。今日くらいは闇の御方に代わって、ナイト役を務めさせていただきましょう」
そう言って、ナジルは意味ありげな視線を食堂の出入り口にむけた。そこにはこちらを呆然と見つめる生徒会役員らの姿がある。あ、と思わず声をあげそうになった。そこには元親友の姿もあったからだ。
ナイト役とナジルは言っていたが、さすがに絡んでは来ないんじゃないか、と思った矢先である。こちらに向かってくる生徒会役員らの姿を認めた瞬間、視界が暗転した。
「……デュラクル?」
『あー、悪い。無意識に力を使ってた。でも、別にいいだろ。あんな屑をお前の視界に入れる必要はない。銀髪の坊主に任せとけ』
「でも……いや、ナジルだったら嬉々としてやり込める、かな?」
飛んで火に入る夏の虫だとばかりに、獲物をいたぶるつもりかもしれない。音声も遮断されているので、いったいどんな会話が繰り広げられているかわからないけど。
しかし、いざ彼らを見ると、やはり緊張してしまう。頭では大丈夫だとわかっているのに、少しだけ怖いと感じてしまう――そんな負の感情を振り払うように、俺はデュラクルに訊ねた。
「ねぇ、どうなってる?」
『しゃべってんのは、長髪の奴だけだな。あとの奴らは萎縮して距離を取ってる』
生徒会で長髪なのは副会長だけなので、おそらく彼が先頭に立ってナジルの相手をしているのだろう。頭脳派という噂らしいけど、目があうだけで殴りかかって来られた過去があるので、俺としてはその噂を疑いたくなる。
『一言でいえば、ネズミをいたぶる猫』
「言われなくても、どっちが猫かわかるなぁ」
『力量と経験の差だな』
ナジルはすでに学園を卒業して、宰相である父親のもとで働きながら学んでいるのだ。未だに学園というぬるま湯に浸かっている者たちが叶う相手ではないだろう。
「ナジルが楽しいならいいけど」
『お前が頷いてくれさえすれば、俺がこいつら全員、血祭りにあげてやるんだが』
「まだ諦めてなかったんだ……。俺としては、もうどうでもいいよ。デュラクルが、そうやって俺のために怒ってくれるだけで、もう充分なんだ」
俺は、ただ俺だけを見て、俺だけを必要としてくれる存在がほしかった。それを手に入れたいま、過去の憎しみや悲しみ、怒りといった負の感情はきれいさっぱり霧散してしまった。どうでもいい。まさに、その一言に尽きる。
『あー、クソッ。このままお前を浚って、どこかに閉じ込めておきてぇ』
デュラクルが望むのならそれでもいいけれど、この優しい精霊はけっしてそんなことはしないだろう。
不意に視界がパッと晴れた。誰もいないのではないかというくらい静まり返った食堂。生徒会役員らの姿はどこにもなかった。その中でナジルはいつもと変わりのない様子で、お弁当の蓋を開ける。
「午後の授業もありますし、さっさと食べてしまいましょう」
「ええと、守ってくれてありがとう?」
「気にしないでください。私もだいぶ楽しんでしまった自覚はあるので」
「うん。いつもより少し楽しそうに見えるよ」
それに、頬の血行もよくなってる気がする。どんな会話をしたのかは不明だが、いいストレス発散になったのは間違いないだろう。
すると、不意に視界のはしでテーブルから立ちあがり、こちらに向かってくる二、三人の生徒たちの姿が見えた。見覚えがある。たぶん、同じ学級の生徒だ。なんだろう、と思った瞬間、また視界が暗転。
「……これ、いつになったらお弁当を食べられるんだろ」
次は食堂じゃなくて、人の少ない中庭にしてもらう、と俺は溜息をつきながら心に決めたのだった。
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