新しい教育係


「本日より教育係として殿下につくこととなりました、ナジル・セロ・ゴーシュともうします。以後、お見知りおきを」

 そう言って深々と頭をたれたのは、俺と同い年くらいの少年だった。肩口で揃えられた銀色の髪に切れ長の緑の瞳。街中ですれ違ったら、十人中全員が振り返るだろう美形だ。身長は俺よりも拳一つ分大きい。騎士よりも文官寄りの出で立ちだ。

「はじめまして。その……殿下という呼称はちょっと……。それに、敬語もやめてもらえませんか?」

「もうしわけございません。しかし、お名前を口にすることは禁じられておりますので、殿下という呼称は妥当かと。敬語につきましては幼少からの癖ですので、ご容赦くださいますようお願いもうしあげます」

 やんわりと、それでいてハッキリと俺の主張は却下されてしまった。そりゃ、国王陛下の養子となるのであれば、“殿下”と呼ばれてもおかしくはないのだが……。

 国王陛下との衝撃的な出会いから四日。学園が休みの日、俺は今日から住むこととなった離宮にいた。俺のなかの離宮のイメージは、崖のうえにひっそりと建てられた屋敷という感じだったのだが、現実はまったく違った。

 二階建てのレンガ造りの建物で、とにかく広い。ただ、ただ広い。部屋数は両手の指を合わせても足りないだろう。窓から見える庭園も広大で、なんと三人の庭師が住み込みで手入れを行っているらしい。

 それから、執事、侍女、料理人、専属の医師などを合わせ、計十五人が住み込みで働いている。貴族の屋敷に比べれば、これでもかなり少ないようだ。

 そこに毎日、騎士団から六名の騎士が警備のために派遣されてくる。これは俺の警備要員ではなく、俺を目的に押しかけてくる貴族らを撃退する要員なのだそうだ。

 俺自身はデュラクルの精霊魔法に守られているから、たとえそんな人が来ても会話すらできないんだけどね。

 それを知らずに押しかけて、デュラクルの機嫌を損ねるよりは騎士を派遣したほうがいいということになったらしい。

「なんだ、お前がレインの教育係になるのか。国王も思いきったことをするな」

「お久しぶりでございます、闇の御方」

 どうやらナジルとデュラクルは顔見知りらしい。ソファーに並んで座っていたデュラクルを見あげれば、「こいつは宰相の息子で、王子の側近の一人だ。いまは宰相補佐の仕事に就いてたな」と教えてくれた。

「え、じゃあ、年上なんですか?」

「いいえ。私は昨年、学園を卒業しましたが、二年ほど飛び級しましたので。殿下と同じ歳だったと記憶しております」

「えっ、飛び級!?」

「なんだ、珍しいことなのか?」

「飛び級自体は、何度か聞いたことあるけど……そのほとんどが精霊持ちなんだ」

 ナジルは精霊持ちではなかった。それは名乗るよりも先に伝えられている。親のコネも効かない学園で、精霊持ちではない生徒が飛び級するというのは異例のことだろう。

「でも、だったら俺のせいでもう一度、学園に通うことになるのは……」

 俺が王族になるのは、もうほぼ決定事項のようなものである。そこで問題になってくるのが、王族としてのマナーや知識だった。こればかりは付け焼き刃でどうにかなるようなものではない。というわけで、学園を卒業するまでのあいだつきっきりで教育係が指導してくれることとなっていた。

 それに、学園に通うということは、宰相補佐の仕事も休みになってしまう。さすがに休職扱いでクビにはならないと思うが、これから俺が卒業するまでなんて、ナジルにとって大きなブランクになりかねない。

「気になさらないでください。それにこれは陛下からのご命令でもあります」

「国王陛下の?」

「将来、リアス様の双璧となる私とあなたの仲を良好なものに、とお考えなのでしょう」

「一応、こいつは将来の宰相様だからな」とデュラクルが補足してくれた。なんか、とんでもない将来が待ち構えていそうで、俺は思わず頬を引き攣らせた。

「それなら、いいの、かな?」

「ええ。それに私なりにあなたがリアス様に相応しいかどうか、見定めさせていただきますので。まあ、なにより――」

 そこでナジルはニッコリと、天使のような笑みを浮かべて言った。

「あなたに危害を加えていた精霊信仰に傾倒するクズどもを、せせら笑ってやるチャンスですから」

 どうやら彼は、見た目ほど大人しい性格ではないようだ。
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